新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【9品目】日本一大きいビアガーデン
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」9品目
あれは2003年7月18日。この年、我らが阪神タイガースは、18年ぶりの優勝に向けて快進撃を続けていた。開幕戦こそ敗れたものの、その後は驚異的なペースで勝ち進み、すでに7月9日にマジック49が点灯していた。オールスター戦明けの初戦となったこの日の試合前の時点で57勝22敗1分(M46)。今年とはえらい違いである。
たまたま取材で関西に来ていただけで、もともと観戦予定があったわけではない。午後4時頃に取材が終わり、そのまま帰ろうかと思ったが、ふと「今日、甲子園で試合あるじゃん!」と気がついたのだ。チケットがあるかどうかわからなかったが、とりあえず行ってみたら、アルプススタンドの上のほうの席が取れた。優勝が近づいてくると、連日ほぼ満員札止めだった記憶があるが、このときはまだ当日券があったのだ。
席に着いたら、まずビール。うー、五臓六腑に染み渡るとは、このことだ。阪神の先発は藪恵壹。対する広島は長谷川昌幸の先発で試合が始まった。初回、広島の四番・シーツのタイムリーでいきなり失点。が、その裏、今岡誠(現・真訪)の先頭打者ホームランですぐさま同点に追いつく。さらに2回裏には矢野輝弘(現・燿大)のツーランで2点勝ち越し。今年(2003年)の阪神は本当に強い。と思いきや、直後の3回表にシーツにソロホームランを打たれて1点差に迫られる。そして事件は5回表に起こった。
二死無走者から、なんとまたしてもシーツにホームランを打たれたのだ。打球の行方を追った私は思わず腰を浮かす。その瞬間、太ももに何やら熱いものを感じた。「熱っ!」と下を向いた私の目に映ったのは、ズボンの上に滴り落ちた茶色い液体……。そう、中腰になった際に、手に持っていた甲子園名物のカレーの器を傾けてしまい、ルーを自分の太ももにぶちまけてしまったのだった。
前の席の人にぶっかけなかっただけまだマシだが、何しろカレーである。あわててトイレに駆け込んで濡らしたハンカチで拭き取ったものの、ズボンに茶色い染みは残っている。その状態でトイレから出てきた私は、完全に“ウンコ漏らした人”にしか見えなかっただろう。味方のホームランならまだしも相手のホームランでこんなことになってしまうとは、情けなさ倍増。真夏のことゆえわりとすぐに乾いたが、終電の時間もあったので、試合終了を待たずに球場を出た。染みの付いたズボンで新幹線に乗って東京に帰る道のりの長かったことといったらない。
試合は結局、8回裏の桧山進次郎のホームランで4対3の勝利、マジックを45とした。その後、8月に少々足踏みしたものの、9月15日の甲子園のデーゲームで劇的なサヨナラ勝ちを収め、マジック1とする。それから約2時間後、マジック対象のヤクルトが負けて、我らが阪神タイガースの優勝が決定した。甲子園に居残った大勢のタイガースファンの歓喜の渦の中に私もいた。あの日、“セ界一”のビアガーデンで飲んだビールほどうまいビールは、後にも先にもない。
文:新保信長
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