新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【8品目】出前とデリバリー今昔物語
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」8品目
普通の家ならしょうゆぐらいあるだろう。が、当時の私は一切料理をしなかったので、家には調味料の類が何ひとつなかった。せめて塩でもあれば、むしろオシャレな食べ方になるかもだが、それもない。かといって、店に電話してしょうゆだけ持ってきてくれというのもさすがに気が引ける。やむなく何もつけずに食べたのだが、意外や意外。そこそこちゃんとした寿司屋でネタも新鮮だったせいか、わりと普通に食べられて、事なきを得た(その後は注文時に「しょうゆ付けてください」と言うようになったけど)。
ちなみに、ウチの妻(長崎出身)にも出前体験を聞いてみたら、なんと小学5~6年生の頃に寿司を取ったことがあるという。「お寿司食べたかー(食べたい)」と母親に直訴したら、「そがん食べたかったら自分で取らんね!(そんなに食べたければ自分で取りなさい)」と言われ、自分のお小遣いで近所の寿司屋から出前を取り、「さび抜きで!」と注文した寿司を一人で食べたというから剛の者だ。子供の電話注文にきちんと対応したお店もすごいし、「ホントに取ったとね!」と呆れつつも叱らなかったお母さんもすごい。
しかしながら、近年は出前よりもデリバリーが主流である。かつてはピザぐらいしかなかったが、今や世界中の料理を選び放題。特にコロナ禍以降、ウーバーイーツの普及も相まって、それまでデリバリーをやっていなかった個人店も対応するようになり、ますますバリエーション豊かになった。ウーバーイーツの注文に追われて店内の客の注文が後回しになったりするのは困りものだが、このご時世では目くじらも立てられない。私自身は利用したことはないが、近所のオシャレなデカい家にウーバーイーツの配達が来てるのをちょいちょい見かける。トラブルがないわけではなかろうし、配達員の労働問題も取り沙汰されているけれど、ここまで広がっているということは、それなりにうまく回っているのだろう。
出前とデリバリーの違いは何か。ざっと調べたところ明確な定義はなさそうだが、個人的には「容器を返却するのが出前、使い捨てなのがデリバリー」というイメージだ。ウーバーイーツが普及する前は「デリバリーはチェーン店、出前は個人店」という感じもあった。いずれにしても、ウチの実家の場合は完全に出前である。店はオフィス街の真ん中だったので、出前先もほとんどが会社。昼メシ分の容器を夕方(あるいは残業メシの出前時)に回収し、残業メシ分を翌朝回収する。出前専門の従業員が常時2~3人いた。周辺道路に一方通行が多かったこともあり、バイクではなく自転車を使用。料理を載せたお盆を(時には2段重ねにして)肩に載せ、自転車を走らせる。あれはなかなか熟練を要する仕事だと思うし、その姿は子供心にカッコよく見えた。
中高生の頃には、小遣い稼ぎで出前を(少しだけ)手伝ったこともある。自転車ではなく徒歩で行ける範囲で、あまり数の多くない注文分だけだったが、それでも結構大変だ。ラップしてあるとはいえ、うどんやそばを汁をこぼさぬように運ぶのは気を遣うし、店の白衣を着ていても中高生の分際で見知らぬ会社に入っていくのは勇気がいる。伝票にサインをもらうだけの掛け売りならいいが、現金のやり取りはやはり緊張する。今思えば、多少もたもたしても、子供ということで大目に見てくれていたのだろう。
配達よりも気楽なのは、容器回収のほうである。給湯室などに置いてあるのを持って帰ればいいだけの簡単なお仕事。が、そこにも問題はある。たまに残飯や残り汁を捨てずに放置してある事案が発生するのだ。店側としては勝手に客先の流し台やゴミ箱に捨てるわけにいかず、そのまま持って帰ることになる。回収時にはラップもないので汁ものは特に厄介。ひとつの器に残飯や残り汁をまとめて入れて、それを一番上にした状態で重ねて持って帰る。あれは気分的にも作業的にも嫌なものだ。
ネット上には「出前の食器は洗って返すのがマナー」「いや、洗うのは店への嫌みになって逆に失礼」みたいな議論があるが、どうせ店に持ち帰ったら洗うし、普通の店ならいちいち嫌みとか思わないので、そこはどっちでもいい。現実的には水で軽く流すぐらいがベストだと思うけど、とりあえず残飯や残り汁は捨てておいて! ということだけは、食堂の息子として強く主張しておきたい。
文:新保信長
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