新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【6品目】ランチタイム地獄変
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」6品目
しかし、好むと好まざるとにかかわらず、行列せざるを得ない場合もある。ウチの実家の食堂のランチタイムがそうだった。別に自慢でも何でもなく、12時から1時の間に行列ができることは珍しくなかった。それは特別おいしいからでも話題の店だからでもなく、周辺の会社で働く人の数に対して飲食店が足りてなかったから。当時はコンビニもなかったし、「うまい、やすい、はやい」の3拍子のうち、少なくとも「やすい」と「はやい」を満たしていたウチの店は、昭和の会社員の昼休み需要にマッチしていたのだ。
そういう意味では人気店だったが、その店の子供(=私)にとって、その昼休みの1時間は恐怖タイムでもあった。とにかく店の立て込み具合がハンパない。「いらっしゃいませー!」「何名様ー?」「こちらどうぞー」といった接客や「親子(丼)ふた丁ー!(2つの意)」などと注文を通す声、椅子を引く音や食器がぶつかる音、出前の行き先の指示、「ごっそうさーん」とかいう客の声にガチャガチャチーンという(ボタンとレバーで操作する)レジの音などが響き渡り、店員と客がテーブルの間を入り乱れて動き回っている。この国際情勢下、こういう比喩は少々ためらわれるが、まさに戦場のようだった。
だからといって「恐怖タイム」は大げさじゃないか、と思われるかもしれない。が、子供の目には活気があるというより殺気立って見えたし、そんなところにのこのこ出ていったらどやされること必定。普段は学校に行ってる時間帯だからあまり関係ないが、夏休みなどは家(2階の住居部分)にいるわけで、その時間は決して店に下りてきてはならぬ――というのが暗黙のルールとなっていた。なので、出かけるなら12時より前か1時をしばらく過ぎてからしか許されない。というか、あの状況の店内を通り抜けて出かけようという気にもなれなかった。
それだけならばまだいいが、問題はトイレである。当時のウチのトイレは、店にあるひとつだけで、住居部分にはなかったのだ。したがって、12時から1時過ぎの間はトイレにも行けない。これはなかなかつらいものがある。お食事中の方はここで一旦スクロールの手を止めていただきたいが、私は幼い頃から現在に至るまで便通がすこぶるよく、一日に最低3回はそれなりのものを放出する。そのうえ、わりと急に便意を催すタイプなので、“トイレに行けない状況”というのは恐怖なのだ。
もちろん、本当に漏れそうなら店のトイレに行くしかない。部屋で漏らすより暗黙のルールを破るほうが罪は軽いだろう。実際、小学校1~2年生の頃に一回だけ、我慢できずに立て込みの最中に店に下りていったことがある。幸い、階段からトイレまでの距離は短く、ごった返す店内を通り抜けなくても到達できる動線になっていた。が、トイレのすぐ横のテーブルにもお客さんが座ってメシ食ってるわけで、そこを「すいませーん」とトイレに入るのは子供心にも申し訳なさがあった。しかも、そのトイレが使用中だったときの絶望感たるや……!
そう、店のトイレは当然、客も使うのであった。混雑していれば使用率も上がる。私が混雑した店を苦手とするのは、幼少時のそんな体験が根っこにあるのかもしれない。
その後、我が家はリフォームして、2階の住居部分にもトイレが設置された。
文:新保信長
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