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【新連載エッセィ】森博嗣「静かに生きて考える」第4回

第4回 のどかさにかまけて


BEST TIMES人気連載だった森博嗣先生の「道なき未知 Uncharted Unknown。同タイトルで書籍化されて早5年。不可解な時代を生き抜く智恵の書としていまもロングセラーだ。新型コロナ感染の流行、ロシアのウクライナ侵攻、格差の広がりやポリコレ騒ぎ・・・時代はさらに不確実で不安定になってきた。再び、森先生のお話を静かに聴いてみたい。浮き足立つ時代に必要な「生きる構え」を知るために・・・。あたらしい連載エッセィの第4回。


 

第4回 のどかさにかまけて

 

【忙しさの本質について】

 

 庭園内には1000輪以上のチューリップが咲く予定らしい(誰かが球根を大量に植えた)。だが、現在のところ、まだ一割くらいしか花がなく、しかも高さ10cm程度と非常に小さい。広葉樹の葉はまだ出ていない。雪がなくなっただけ。地面には一面の苔が広がっている。秋に落葉掃除を行うものの、雪に埋もれて中断するので、春になると、まずは掃除の続きを始める。それがだいたい終わった。次は、庭園鉄道の線路の補修工事だ(冬は土が凍るためできない)。

 というわけでとても忙しい。庭仕事をするときは犬が一緒だが、誰も手伝ってはくれない。僕だけが忙しいのであって、犬たちはのんびりとしたものだ。

 この「忙しい」というのは、どういう状態のことだろうか? 誰もが知っている言葉だけれど、具体的にどういった定義なのか。英語では、「忙しさ」と「仕事」は同じ単語である。でも、僕の忙しさは、少なくとも仕事(職業)ではない。誰かから「やりなさい」といわれたわけでもないし、また、やった見返りに賃金がいただけるわけでもない。やらなくても良いし、やらなくても誰も困らない。それなのに、何故こんなに忙しくなるのか?

 なにものかに追われている状況で、余裕がなくなるような心境を「忙しい」と表現するのだと思う。たぶん、この定義でだいたいの「忙しさ」が説明できる。では、何が追ってくるのか。それは、多くの場合は、他者であり、または時間であり、あるときは自分でもある。普通の仕事は、誰かに命じられたり、期限が設定されたりする。その約束を破ると、なんらかのペナルティがあるから、必然的にそれに縛られることになる。これが「忙しさ」の本質だ。例外的に、他者ではなく自分自身が決めた条件で行動することもあるだろう。なかなか高尚な状況といえる。あるいは、僕の庭仕事のように、季節や天候に追われる場合もある(これは、時間に追われているのと同じだ)。

 

【仕事って、本当に忙しいのか?】

 

 仕事が忙しいのは当たり前だ、と皆さんは考えているはず。だが、客観的に観察すると実はそうでもない。会議室にぼうっと座っているだけの時間、客を待っている時間、移動しているだけの時間、デスクに座って時計を眺めているだけの時間など、とりたてて積極的な活動をしていない時間がかなりある。いうなれば、自分とそっくりのロボットがそこに置かれているだけで用が足りる時間、といっても良い。このような時間も、「忙しさ」に含まれているのが、大人の仕事である。頭の中では、ぼんやりと「ほかごと」を考えることができるし、内緒で音楽やゲームや読書などを楽しむこともできる場合もあるだろう。

 一方、自分の趣味(多くの場合、「遊び」と表現される)であっても、息をつく暇もないほど慌ただしい時間がある。僕の庭仕事はこれだ。ほかにもたとえば、工作をしていて、接着剤が乾かないうちに部品を取り付けたい場合などは、とても忙しい。仕事以外でも、時間に追われることは頻繁である。

 僕の場合、もう仕事は忙しくない。忙しいのはすべて趣味、つまり遊び中の時間である。日本では、趣味とか遊びは、仕事の反対であり、これを「暇」と表現した。仕事の合間といえる。解雇することを「暇をやる」ともいう。ところが、僕の場合は、趣味や遊びの合間に仕事をしているから、仕事がすなわち暇であり、趣味や遊びが忙しさだ。いつの間にか、反転しているのだ。

 この反転は、これからの社会では普通になると思われる。もう既に、昔に比べて人々はずいぶん暇になっていて、暇の方が忙しくなりつつある。仕事よりも暇を重視して生きている人が増えた。そういう世の中になっているし、ますますそちらへシフトしていくだろう。

 その過渡期にあるわけだから、「忙しいなあ」と無意識に口にしていても、実際には、そんなに忙しくない状況が必ずある。これまでの感覚から、つい仕事が忙しくて、自由な時間が取れない、と思い込みがちだけれど、少し視点を引いて観察してみると、暇な時間の方がずっと多かったりしないだろうか?

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森博嗣

もり ひろし

1957年、愛知県生まれ。小説家、工学博士。某国立大学工学部助教授として勤務する傍ら、96年『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後『イナイ×イナイ』から始まるXシリーズや『スカイ・クロラ』など多くの作品を執筆し、人気を博している。ほかにも『工作少年の日々』『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『本質を見通す100の講義』『作家の収支』『道なき未知』『アンチ整理術 Anti-Organizing Life』など著書多数。SF小説の最新刊『リアルの私はどこにいる? Where Am I on the Real Side?』が4月15日に発売。

 

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