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新保信長『食堂生まれ、外食育ち』【2品目】外国人と鴨南蛮と中華そば

【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」2品目

 あれはいったい何だったのか。そう思っていたところに、親の本棚で見つけたのがテーブルマナーの本である。ウチは文学全集とかが並んでるような家ではなく、本棚にあったのは主に実用書で、その中に西洋料理(フレンチ)のテーブルマナーの解説本があった。当時の私はお小遣いのすべてを本(主にマンガ)に注ぎ込み、それでも飽き足らず店に置いてある週刊誌やスポーツ新聞まで活字が印刷されていれば何でも読む状態だったので、そのテーブルマナー本も当然読んだ。そこには、西洋料理のコースでは前菜、スープ、メインディッシュといった順番で料理が出てくると書いてあるではないか。なるほどあの白人の兄ちゃんはその感覚で鴨南蛮を食べたのかと、ひざを連打したのであった。

 そばをパスタの仲間と考えればフレンチではなくイタリアンかな、本来ならパスタのあとにメインディッシュが来るはずとか、今ならいろいろ思うけれど、あのときの「ユリイカ!」的な感覚は忘れられない。それが私が初めて異文化を実感した瞬間だった。ついでに言うと、そのテーブルマナーの本で丸ごと一個の皮つきリンゴをナイフとフォークで食べる術が解説されていて、「そんなん無理!」と思ったのも覚えている。

 その後、大人になっていろいろあってフリー編集&ライターになった最初の頃の仕事で、初めて海外取材に行った。1992年、和食が海外にも広がり始めていた頃だろうか。そのときロサンゼルスの和食レストランで食べた寿司も忘れられない。

 まず最初に味噌汁が出てきたのだ。「えっ?」と思ったが、スープが先に出てくる西洋料理のフォーマットとしては、それが当たり前なのだろう。そこで食べた寿司は、いろいろ微妙なところはあったものの、取材先の某アウトドア用品会社の社員食堂の意識高い(オーガニックでヘルシーな)料理よりはうまかった。カリフォルニアロール的なものについては、つい「こんなものは寿司じゃない!」と自分の中の海原雄山を召喚しそうになったが、近年の回転ずしの何でもアリっぷりに比べれば、むしろ真っ当かもしれない。 

 というか、カリフォルニアロールうんぬん以前に、ウチの店もちょっとどうかというところは多々あった。たとえば前述の鴨南蛮は、実は鴨肉ではなくかしわ(鶏)だったのである。「羊頭狗肉」ならぬ「鴨頭鶏肉」。本来なら「かしわ南蛮」「鶏南蛮」と表示すべきところを「かもなんば」で通していた。特にクレームが来たという話は聞かないので、当時の大阪では鴨も鶏も同じ鳥類ということでOKだったのか。大学進学で東京に来て、初めて本物の鴨南蛮を食べて「何コレうまい!」と思ったのを覚えている。

 もうひとつ、ウチの謎メニューに「中華そば」というのがあった。名称自体は東京でもたまに見かけるし、別に普通の昔懐かしい醤油ラーメンじゃないの? と思うかもしれない。が、そういうのとは違うのだ。アレはラーメンではなかった。麵は中華麵だが、スープのベースは(たぶん)うどんやそばと同じカツオと昆布のダシである。そこに何かの油と胡椒を入れたような独特のテイスト。長年の外食経験でもヨソで食べたことのない味で、特においしいとは思わないが一部にファンはいた。強いて言えば、『孤独のグルメ』にも出てきた鳥取市役所のスラーメンに近い感じ。2019年の市役所移転に伴い、スラーメンはメニューから消えたらしい。今はもう食べられないという点でも似ていると言えば似ている。

 本物じゃなくても別にいいのだ。日本のラーメンやカレーは、本場である中国やインドのそれとは別物の料理として発展し、親しまれてきた。逆に日本の料理が海外で独自の進化を遂げている例もある。オーセンティックな店にはそれなりのこだわりを持っていてほしいが、街の大衆食堂は適当でいい。食べ方だって個人の自由だ。鴨南蛮をコース料理のように食べたっていいのである。にしても、そばにソースはどうかと思うけど。

 

文:新保信長  

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新保信長

しんぼ のぶなが

流しの編集者&ライター

1964年大阪生まれ。東京大学文学部心理学科卒。流しの編集者&ライター。単行本やムックの編集・執筆を手がける。「南信長」名義でマンガ解説も。著書に『国歌斉唱♪――「君が代」と世界の国歌はどう違う?』『虎バカ本の世界』『字が汚い!』『声が通らない!』ほか。南信長名義では『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』など。新刊『漫画家の自画像』(左右社)が絶賛発売中です!

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