【錦糸町(きんしちょう)】こ、これは東京のディストピア? いや「魔都TOKIO」希望のはじまり‼️《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.25 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【錦糸町(きんしちょう)】こ、これは東京のディストピア? いや「魔都TOKIO」希望のはじまり‼️《マンガ&随筆「異種」ワンテーマ格闘コラム》Vol.25

【連載マンガvsコラム】期待しないでいいですか?Vol.24

◼︎妹・吉田潮は【錦糸町】をどうコラムに書いたのか⁉️

錦糸町

 道府県出身の人間が東京都に住むとき、無意識のうちに方角が故郷に近いところを選ぶような気がする。よっぽどの憧れや自己顕示欲、ご縁やお金がない限り、いきなり中央区や港区には住まない気もする(住めない)。

 私は千葉県出身なので、東京の東側からスタートした。28年前、初任給は手取り12万。家賃6万以上はキツイ。当時勤めていた会社は湯島で、予算と利便性を考えると葛飾区か足立区。東京東部しか選択肢はなかった。本当は、学生のときに通っていた江東区や墨田区に住みたかったけれど、荒川を超える壁は意外と高かった。

 おっと、ここで千葉県民目線の地理関係を説明しよう。千葉県民は、都心にたどりつくまでに3つの大きな川を越える必要がある(新中川・中川・旧中川・横十間川などの細い川もある)。第一段階として「江戸川越え」、第二段階として「荒川越え」、そして最終目標は「隅田川越え」。この大きな川を越えるたびに家賃と物価は上がる、そんなイメージがあった。

 私もこの3つの川を、段階的に28年かけて越えてきた。まず、20代の前半は葛飾区の金町、足立区の北綾瀬に住んだ。かろうじて千代田線と日比谷線につながる「はしっこ」といったところだ。それでも、千葉県民としては第一段階の「江戸川越え」を果たした。

 その後、20代後半は一度千葉県民に戻り、再び東京都江東区へ。そのときに「荒川越え」をクリア。この荒川と隅田川の間のエリアは、とにかく交通の便がいい。北から順番にJR総武線・都営新宿線・東京メトロ東西線が横断している。総武線は平井~両国間、新宿線は東大島~森下間、東西線は南砂町~門前仲町間。また、南北を結ぶバスも走っているので、どこへ行くにも複数のルートが選べた。郊外型の大規模スーパーや歴史ある商店街に飲み屋もある。江東区最高!と思っていた。

 さあ、ようやく今回のお題に近づいたぞ。このエリアで最も栄えていた、というか雑多な欲にまみれていたのが、錦糸町である。

 20年以上前、私が知る錦糸町は「The大人の繁華街」だった。駅ビルのテルミナ(ターミナルが由来)、映画館にサウナのある楽天地ビル(赤い看板が目印だった気がする)、ボウリングといえばロッテ会館、駅前で大繁盛する鮮魚店、月賦払いで若者を破滅させるのがうまい丸井、沈みゆく西武系グループから脱出して生き残った百貨店スーパー、JRAの場外馬券売り場、一歩裏に入ると東欧出身の女性たちが長い脚で闊歩して、たむろっている通り。なんというか、庶民の娯楽と大手企業の栄枯盛衰と裏社会の暗躍とが渾然一体となった、不思議な印象の街だった。どことなく昔の東映映画みたいな。

 私が育った千葉県の西船橋と、規模は違えどニオイがちょっと似ていた。西船橋は中山競馬場に近いため、週末は荒れた大人がたくさんいた。赤提灯に集って愚痴る敗者たち、自転車盗難は日常茶飯事だった。有名なストリップ劇場やキャバレーもあり、ラブホテルも多かった。長太郎会館というボウリング場にカラオケ、中華料理店が入った娯楽施設もあった。今の西船橋は、南口はマンション乱立で雰囲気が変わったが、北口は基本的に変わっていない。唯一、高いビルは早稲田予備校くらい(時計の数字が13まであって、受験生に不穏なプレッシャーを与えていた)。

 私にとっては、西船橋がもつ大人の欲望と猥雑さをもっと大規模かつ派手にしたような街、それが錦糸町だったのだ。今は、スカイツリーもできて、半蔵門線もつながったせいか、かなり印象が変わったようだ。オサレタウンの表参道や横浜方面につながると、人の流れが一気に変わるらしいね。

 大きなテナントビルやタワーマンションも建ち、コンサートホールも美術館もできた。葛飾北斎が生まれて、晩年に住み続けた地であり、池波正太郎が「鬼平犯科帳」で描いた、由緒正しき下町の歴史を引き継ぎつつ、都心に近いベッドタウンとして素敵エリアになっている。大手デベロッパーがこぞって集結、錦糸町のイメージを180度変えたようだ。猥雑な大人の欲望を排除、こぎれいなファミリー層のニーズに対応。まあ、たぶん暴対法の影響もあるんだろうな。もう私が知っている猥雑な錦糸町ではない気がする。あ、でも駅前の魚屋はまだある。頑張っている。

 都心に通勤する千葉県民にとっては、錦糸町はただの通り道かもしれないし、まったく縁がない街かもしれない。江戸川越え、荒川越えを経験して、住居を都心に近づけてきた私にとっては、錦糸町はちょっとした憧れの街でもあった。人生で一度くらいは繁華街に住んでみたかったし、新宿や渋谷は無理でも錦糸町なら手が届くのではないかと思えたから。

 なぜに繁華街? 治安も悪そう、狭くて汚さそう、危ない人がうろついていそうと思う人も多いだろう。これ、確実にドラマの影響なんだよね。昔のドラマって、猥雑な繁華街のボロい雑居ビルに住んでいる主人公、多くなかった? 屋上には企業の巨大看板があって、夜中もネオンがこうこうとついていて。椅子や簡易ベッドを置いて、昼は日光浴したり、夜は夜で雑多な街を見下ろしながら酒を飲んだり。なぜかその自由な姿に憧れたんだよな……。ひょっとしたらそれがかなうかも、と思った最初の街が錦糸町。ま、それも半蔵門線が通る前の話である。

 で、現在。隅田川越えどころか一気に皇居越えもして、今は都心の雑多な繁華街に住んでいる。目標は達成できた。総武線に乗って錦糸町を通過するたびに、3つの川越えを達成した自分を誇らしげに思う。同時に、今の自分には「川越え」のような具体的な目標がなくて、なんとなく停滞しているなと痛感する。時代に合わせて大きな変化を遂げた錦糸町が、ちょっとまぶしく見える。

 

 (連載コラム&漫画「期待しないでいいですか?」次回は来月中頃です)

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毎月14、15日頃連載コラムvsマンガ「期待しないでいいですか?」

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吉田 潮

よしだ うしお

コラムニスト

1972年生まれ。おひつじ座のB型。千葉県船橋市出身。ライター兼絵描き。



法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。『週刊フジテレビ批評』、『Live News it!』(ともにフジテレビ)のコメンテーターなどもたまに務める。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より『東京新聞』放送芸能欄のコラム「風向計」を連載中。著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)、『産まないことは「逃げ」ですか?』(KKベストセラーズ)、『くさらない イケメン図鑑』(河出書房新社)ほか多数。本書でも登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。



公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/



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