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三浦知良がキングの椅子から降りるときが来たかもしれない二つの理由

 カズの同じ橫浜FCに所属する中村俊輔はカズの存在についてこう語った

 「カズさんの前では、恥ずかしいプレーはできないし、したくない。サボれないし、この人にサボっている姿や、ミスしているところを見られたくない。それは、監督に見られるのと、また違った感じ。

 カズさんに良いボールを出したいし、点を決めてほしい。そう思わせてくれる人って、なかなかいない。有名だからとかではなく、やっぱりその人柄によるところが大きい。とにかく、めちゃくちゃ緊張する」

 パスがほんの僅かずれただけでも「ごめん」と謝ってくるストイックな姿勢は、ワールドカップにも出場を果たし、ヨーロッパで活躍したレジェンドクラスのプレイヤーにも尊敬の念を抱かせるほど。

 昨年橫浜FCでこんな出来事があった。チームの紅白戦でカズと俊輔がチームメイトになった。当時二人はベンチ入りすらできない状況のためサブ組である。相手にするのはリーグ戦を戦うレギュラー組だ。通常紅白戦というのはレギュラーがチームの心臓である戦術をさらに高めるために行われたり、試合に向けたコンディション調整のために行われたりする。

 ところがカズと俊輔はレギュラー組の戦術の穴をついて見事なパスワークを見せて勝利を収めてしまったのだ。その時にカズは俊輔に向かってこういったそうだ。

 

 「俊輔、サッカー、楽しいな。やっぱさ、サッカーってこうだよな」

 

 これがカズが現役を続ける二つ目の理由だ。2011年に発売された著書『やめないよ』(新潮新書)では「学ばない者は人のせいにする、学びつつある者は自分のせいにする、学ぶという事を知っている者は誰のせいにもしない。僕は学び続ける人間でいたい」と記している。それは、大好きなサッカーをいつまでも続けるために必要なことだからだ。

 当時のカズは43歳で橫浜FCで30試合出場をするなど40代とは思えない活躍をしていた。だからこそ言葉にも説得力を持つ。しかし現在のカズが同じ事を言っても共感は得られにくいだろう。

 それは、冒頭に述べたセルジオ越後氏の言葉のほうが遙かに今のカズに当てはまっているからだ。

 プロスポーツ選手は活躍してなんぼである。活躍できれなければ消え去っていくしかない。そうやって新陳代謝を繰り返して新しい選手が羽ばたいていった。カズはJリーグ発足直後にMVPを獲得した文字通りのスター選手であった。日本代表のエースでもあり、当時のサッカーブームの立役者の一人である。サッカーに興味はなくてもカズの名前は知っている。そんな人がたくさんいるだろう。それは恐らく今でもそうである。

 はっきり言ってJ2の取材にマスコミが大勢集まることはほとんどない。来るのはサッカー専門誌の記者とスポーツ新聞の担当記者くらいのものだ。しかしカズが出場をすれば普段はJ2なんか見向きもしないメディアが橫浜FCへ取材に行く。それは橫浜FCというクラブに興味があるからではない。単にカズが最年長出場を更新するかどうかをニュースとして流したいからだ。

 カズが出場をした試合に橫浜FCが勝ったかどうかを言えるのは関係者、ファンサポーター以外に聞いたら、答えられるのは普段から取材に来ている記者だけだろう。多くのマスコミ関係者にとって橫浜FCはその程度の存在でしかない。サッカークラブとして情けないと言いたくなるが、言い方を変えたらカズがそれ以上の存在だと言える。

 だからカズが出場をすればマスコミは取材へ行くし、海外からも注目される。イギリスのBBCは、2020年に「三浦知良、53歳のサッカー選手はなぜ現役を続けられるのか」という特集を組むほどだ。そこで流れるのはカズがいかに努力を惜しまずにサッカーを続けてきたのか、栄光と挫折、そして苦悩といった彼の人生にスポットライトが当たる内容が流れる。

 それを見た人々がカズに共感をし、カズのように自分も努力を続けないといけないと頭を垂れる。そういった人が増えれば増えるほどカズの存在はアンタッチャブルになる。それに辟易する人が出てもおかしくはない。何せここ数年サッカー選手としての実績はゼロに等しいからだ。客寄せパンダのドキュメントなんか見たくないと思う人がいても不思議ではない。筆者は、こんな形でマスコミに取り上げられることにカズは満足しているのだろうかと思ってしまう。もしかしたら単純にサッカーが好きで、ただプレイしているだけで良かったかもしれないのに。

次のページアイデアが貧困なスポーツメディアの、カズを必要以上に取り上げる愚

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篁五郎

たかむら ごろう

1973年神奈川県出身。小売業、販売業、サービス業と非正規で仕事を転々した後、フリーライターへ転身。西部邁の表現者塾ににて保守思想を学び、個人で勉強を続けている。現在、都内の医療法人と医療サイトをメインに芸能、スポーツ、プロレス、グルメ、マーケティングと雑多なジャンルで記事を執筆しつつ、鎌倉文学館館長・富岡幸一郎氏から文学者について話を聞く連載も手がけている。

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