「950ドル以下の万引きはお目こぼし」サンフランシスコ事情の背景【藤森かよこ】

  ■万引き天国(?)のサンフランシスコから撤退する大手ドラッグストア    大阪の桃山学院大学勤務時代のゼミ生だった女性から先日に届いた新年の挨拶E-メイルの内容に私は驚いた。  彼女はアメリカ人のご主人と息子さんとの三人家族で、サンフランシスコに住んでいる。高級住宅街で知られるパシフィック・ハイツ(Pacific Heights)に住んでいる。ご主人はアイヴィーリーグの一角を占める名門大学の卒業生であり、知的専門職に従事していている。  私の教え子の女性の一家は、それまではサンフランシスコでの暮らしを楽しんでいた。その彼女とご主人が、カリフォルニア州から別の州への移住を真剣に検討中だと書いていた。  その理由は、サンフランシスコを含むカリフォルニア州の治安が悪くなったからだという。サンフランシスコのみならずカリフォルニア州からテキサス州やフロリダ州など南西部や南部に移住する人々が増えているそうである。  市内のスーパーマーケットやドラッグストアでは、堂々とカートつきバッグを持ち込んで、商品をバッグにドンドン入れている人々を見るのが日常の風景になっているそうである。まともな市民たちは、その姿を見て見ぬふりをしているそうだ。大量の商品をバッグに詰め込む人々をジロジロと見つめないように、母親は幼い子どもに注意するそうだ。  おかげで大手ドラッグストアのチェーン店Walgreensがサンフランシスコ市内からほとんど撤退閉店してしまった。2022年1月段階で53店舗が16店舗に減った。そのために、自動車で隣の市まで買い物に行けない高齢者は、薬や日用品を買うのに不自由している。従来まで治安のよかったパシフィック・ハイツでさえ、ネット通販のアマゾンに注文しても、玄関先に荷物を置き配されると盗まれてしまう。  車上荒らしも多いらしい。私有地の一戸建て住宅の敷地内に駐車された自動車も窓が破られる。一般的な駐車場や路駐になると、その頻度は非常に高くなる。私の教え子の女性も5回車上荒らしをされたそうである。   ■2014年カリフォルニア州の住民投票でProposition 47が可決された    どうして、そんなことになったのか? 事の発端は、2011年にカリフォルニア州の刑務所への投獄率がテキサス州に次いで全米2位となったことだった。最高裁判所が介入し、カリフォルニア州は投獄人数を33,000人減らすことになったことだった。当時のカリフォルニア州の刑務所の過密状態は囚人たちの人権を認めないような劣悪なものだった。  それで、2014年11月4日にカリフォルニア州の住民投票で、「提案47安全な近隣と学校法」(Proposition 47、The Safe Neighborhoods and Schools Act)という法律が可決された。これは、直接的に物理的暴力で被害者を傷つけない犯罪ならば、重罪(felony)ではなく軽犯罪、微罪(misdemeanor)として再分類するという法律であった。  なぜ、このような法律が必要とされたのか? 警官や検察官が凶悪な暴力的犯罪者の検挙や処分に人的資源を注ぐためには、非暴力的な犯罪ならば軽犯罪にするほうがいいと当局が判断したからであった。加えて、被害額400ドル以下の万引きも重罪として扱われ、刑務所に入れられることが多かったので、刑務所に収監される人々の数を減らすためであった。  この「提案47安全な近隣と学校法」が有権者の過半数の賛成を経て可決されたことの背景には、生活苦から被害額がせいぜい平均400ドル以下程度の窃盗や詐欺をする貧困層への同情もあった。軽犯罪ならば刑務所に収監されず更生できる可能性も高くなる。これは一種の弱者救済策でもあった。  この「提案47安全な近隣と学校法」によって、軽犯罪として分類されるようになった犯罪は以下のものだった。   盗まれた財産の価値が950ドルを超えない万引き 盗まれた財産の価値が950ドルを超えない盗難 盗まれた財産を受け取った場合、その価値が950ドルを超えない 偽造小切手、債券、または手形の価値が950ドルを超えない偽造 不正小切手、ドラフト、注文の価値が950ドルを超えない詐欺 価値950ドルを超えない不正な小切手を発行すること ほとんどの違法薬物の個人的な使用(重量の一定の閾値以下に限る)