「聖子の娘」という宿命、神田沙也加、国民の「マイフェアレディ」として生きた35年の葛藤【宝泉薫】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「聖子の娘」という宿命、神田沙也加、国民の「マイフェアレディ」として生きた35年の葛藤【宝泉薫】

■彼女をひとかどのスターにしたのは、生まれ持った宿命

 

 それでも、彼女をひとかどのスターにしたのは、生まれ持った宿命だ。高校卒業後、1年3ヶ月の活動休止。アルバイトをするなどして自分を見つめ直し、活動再開後は声優やミュージカル女優として頭角をあらわした。そして、巡り合ったのがミュージカルアニメ「アナ雪」の吹き替えだったわけだ。

 こうした成功はもちろん、受け継いだ才能、そして努力のたまものである。なにせ、座右の銘は「勝ち負けの差は執念の差」だし「アナ雪」でブレイク後も「自分の持っている力の最低ラインを常に引き上げていかないと」などと語っているほどだ。

 ただ、そんな努力の部分にも「聖子の娘」というのは大きく関わってきた気がする。それは「特別な女の子」に生まれたことで寄せられる期待に応えようとする思いこそが彼女の努力につながってきたからだ。

 そういう意味で、彼女が愛し、遺作にもなったミュージカルが「マイ・フェア・レディ」だったのは象徴的だ。訛り丸出しの花売り娘が大学教授の特訓で淑女に生まれ変わるという物語。それはあり余る期待に応えるべく奮闘してきた彼女自身の芸能人生にも重なるものだ。

 3年前、憧れの存在という大地真央の当たり役でもある、この作品のヒロインを射止めたとき、彼女はこう語った。

「ヒギンズ教授から教わって初めて正しく発音出来たときの、雷に打たれる感覚を私も早く経験してみたいですし、お客様が何を望んでいるのか、演劇ファンとしての目線も忘れたくない」

 まさに、この作品のヒロイン向きな性格だったことがうかがえる。今回の再演は、彼女自身もこれを当たり役にするためのステップになるはずだった。

 とはいえ、宿命に翻弄されながらもその宿命によって鍛えられ、独自の世界を築いた20年間は十分な評価に値する。もっと生き永らえればより多くのカーテンコールを得られただろうが、この哀しい幕切れも含め、神田沙也加という存在は鮮烈に語り継がれるはずだ。

 彼女を知る多くの人たちにとっての「マイフェアレディ」として――

 

文:宝泉薫(作家・芸能評論家)

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宝泉 薫

ほうせん かおる

1964年生まれ。主にテレビ・音楽、ダイエット・メンタルヘルスについて執筆。1995年に『ドキュメント摂食障害―明日の私を見つめて』(時事通信社・加藤秀樹名義)を出版する。2016年には『痩せ姫 生きづらさの果てに』(KKベストセラーズ)が話題に。近刊に『あのアイドルがなぜヌードに』(文春ムック)『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、最新刊に『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)がある。ツイッターは、@fuji507で更新中。 


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