アフガン 中村哲医師殺害事件から2年。中村はタリバンをどう見ていたのか【中田考】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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アフガン 中村哲医師殺害事件から2年。中村はタリバンをどう見ていたのか【中田考】

いまなぜ「タリバンの復権」なのか? 世界再編の台風の目になるのか?

 第一に、乗京はカブールの中村医師の肖像が描かれた壁画が塗りつぶされ独立を祝う言葉が書かれたことを、「人道支援に尽くした中村さんの追悼と平和を願う絵よりも、タリバンをたたえる標語が優先される時代になったことは、現地の人道活動家たちを悲しませた」と批判していることである。

 乗京自身が「近くにある壁画も一斉に消され、中村医師の肖像画だけがピンポイントで塗りつぶされたわけではない」と書いている通り、肖像画が消されたのは中村医師への評価とは関係なく、肖像画を嫌うイスラームの教えに沿ったものである。そもそもイスラーム文化を尊重した中村医師が自分の肖像画がカブールの壁画にされることなど望んでいただろうか。

 また治外法権で傍若無人に振る舞う外国軍とその威を借り地方のアフガン人を遅れた人間と見下す外国のメディアや「人道団体」からのアフガン人の独立こそ、中村医師が愛したアフガニスタンの民衆が望んだことではなかったのか。

 独立を祝う言葉をタリバンをたたえる標語としか思えず、中村医師が共に生きた地方のタリバンと民衆たちではなくアメリカの傀儡政権に寄生していたカブール在住の現地の「人道活動家」たちの気持ちを優先する記事を書くことが中村医師の意志に適うことだとは思えない。

 第二はより複雑かつ深刻な問題である。拙著『タリバン 復権の真実』で詳述した通り、旧(カルザイ、アシュラフ・ガニー)政権は単なるアメリカの傀儡政権であっただけでなく、匪賊、夜盗の類に堕した軍閥「北部同盟」を母体としており、そもそも殺人、誘拐、強盗、強姦などで悪名を馳せた犯罪者集団であり、汚職、人権侵害にまみれた破綻国家であった。

 しかし、タリバンは、そのような旧政権の人間であってもタリバン政権に帰順するなら旧悪を不問に付して新しい国家建設のために迎え入れるとの一般的恩赦を発表していた。高橋博史著『破綻の戦略』に活写されているようにアフガニスタンは中世さながらの仇討、血の復讐が行われる部族社会である。そうしたアフガン社会にあって、20年にわたってテロリストの汚名を着せられ、親族に至るまで外国軍とその傀儡政権によって残酷な迫害を被ってきたタリバンが、イスラーム法の厳格な適用を緩和してまで、旧政権の人間に一般的恩赦を宣言したことは、外国軍の占領によって救い難く悪化した貧富の格差、都市と地方の文化的対立による国民の分断を修復するためには、やむをえないとの決断によるものであった

 2021年12月6日付『ハーマ・プレス(The Khaama Press)』によると先週、ソ連軍の侵攻以来過去40年において初めて戦死者数ゼロを記録し1週間の記録としても過去最低の5人となった。このようにソ連の侵攻以来外国の侵略による40年にわたる戦乱に終止符を打ちアフガニスタンに平和と秩序をもたらしたタリバン政権を「国際社会」は依然として「テロ組織」扱いし、内政に干渉し「包括的政府」の名の下に公然と政権の転覆を要求している。

 外国勢力と共謀しての国家転覆は日本でも死刑一択の刑法上最も重い外患罪となる。タリバン政権を承認せず、西欧諸国が公然と内政干渉を行っている現状において、帰順した者への恩赦は重大な問題であり、政権に協力している限り旧悪を罪に問うことは容易に許されることではない。

 西欧の人権団体はタリバンによる旧政権の治安関係者の処刑や拘束、監禁を声高に批判するが(※7)、アフガニスタンの平和と安定を望むなら、旧政権の治安関係者の旧悪の恩赦の基準は、タリバン政権への帰順と協力という未来志向のものでなければならない。

 そうであるなら、現在も外国の報道機関や人権団体と通じて反タリバン活動を続けることで外国軍の介入を招き再び内戦を引き起こす危険がある旧政権の治安関係者の選別がアフガニスタンの国民和解、秩序回復のために死活的に重要なのに比べ、中村医師殺害事件の隠蔽に関わった者の処分の優先順位が低くなるのはやむをえない。

 特にそれがタリバン政権の内部及び隣国パキスタンとの間の紛争の火種になるならなおさらである。そして度重なる襲撃の危険の警告にすら耳を貸さず武力による解決を拒み、ただひたすらにアフガニスタンの地方の民衆に寄り添い安定と平和のために尽力した中村医師は、自らの殺害事件の背景を暴き出し裁きを下すことよりも、タリバン政権の下で全てのアフガニスタン国民が過去の罪を封印し和解を達成し内戦で荒廃した国を再建することこそを望んでいるのではないだろうか。

 繰り返すが、乗京記者が同じ日本人としてアフガニスタンに人生を捧げた中村医師を誇りに思いその殺害事件の真相を追求し明るみに出そうと努めることはジャーナリストの職業倫理として正当化される。しかし、我々が中村医師の夢を真に理解し、そのアフガニスタンへの思いを引き継いでいこうと思うなら、皮相的な新聞報道に目を眩まされず、事件の背景にあるアフガニスタンの現代史に目を向け、地方に生きる民衆の真の姿を知る必要がある。拙著『タリバン 復権の真実』がそのために役立つなら筆者としては望外の幸せである。

(了)

 

文:中田考

 

注)

※7 タリバンを批判する欧米の人権団体の事実関係の確認が取れていない一方的な発表の数字ですら、政権復帰後の3か月半の間に処刑されたり行方不明になった治安関係者やその家族の数は合計しても47人に過ぎない。Cf., Radina Gigova & Rob Picheta, ‟The Taliban executed scores of Afghan security forces members after surrender, HRW report alleges”, CNN,2021/11/30.

 

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中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

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