コロナ流行から考える、非常時に飛び交う「デマ」という事象<br />―情報錯そうによる「人災」を防ぐには |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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コロナ流行から考える、非常時に飛び交う「デマ」という事象
―情報錯そうによる「人災」を防ぐには

いまあらためてデマと災害を考える

 コロナウイルスの感染拡大は収束が見えない…。予防法、感染ルートなどにはさまざまな情報が飛び交い、なにが正しく、なにが間違っているとか、今明確になっていない。
 そこに付随し、「マスク不足」が大きな問題となり、また連鎖するようにお店から「トイレットペーパー」も姿を消した。
 しかし、トイレットペーパーに関してはメーカーは「在庫はある」といい、品薄だという情報は“デマ”であることが明らかになりつつある。
 過去に日本を襲った災害時にも、こうしたデマが流れ、人々を混乱させたことが何度もあった。
 こうしたデマ=人災にまどわされ、人々を混乱させた過去の事象を振り返りながら“デマ”という事象について考えていきたい。

災害などの環境の激変と情報の枯渇が、デマの温床になる。

■情報への「飢え」がデマ発生の土壌になる

「動物園からライオンが逃げ出した」「川内原発が火事」「ショッピングモールで火災が発生」これらは熊本地震の際にツイッター等で出回った「デマ」である。後から考えれば、何故こんなデマを信じる人がいたのだろうかと不思議に感じるかもしれない。しかし、災害がリアルタイムで発生している中では、多くの人がこれらの情報を信じ、善意に基づいて積極的に拡散していったのだ。

 震災時のデマは熊本地震に限らず、東日本大震災でも「石油コンビナートの爆発で有害物質の雨が降る」など、多数のデマが拡散していたことは記憶に新しい。

 1923年の関東大震災では「朝鮮人が暴徒となり井戸に毒を流したり、放火している」といったデマが広まって多数の朝鮮人が殺されたり、憲兵の手によって無政府主義者の大杉栄が殺害されるといった事件が生じた。

 何故、震災時にはデマの拡散が生じるのか。少年時代に関東大震災を経験したこともある社会学者の清水幾太郎(しみず・いくたろう、1907〜1988)は『流言蜚語』という著書でデマの問題を論じているが、今回はこの本を元にして考察してみる。

 動物が環境に適応して生きるように、人間も自らが置かれた環境に適応して生きなければならない。しかし、動物は本能的に環境に適応できるが、人間は本能よりも知性を用いて周囲の情報を得ることで環境に適応していく。
 平常時には情報収集がスムーズに行われ、環境への適応も問題なくなされていく。だが、震災のように、突然環境が激変して、情報伝達手段が麻痺すると、情報収集もスムーズにいかなくなり、環境への適応も困難になる。そのような事態に陥った時、人間は情報に対して強烈な「飢え」を感じるようになるだろう。この、情報に対する「飢え」こそが、流言蜚語、すなわちデマが発生して拡散する土壌を生み出すことになる。

 

■生命への危機感がデマを増幅させる

 流言蜚語は、ある情報を伝達するという意味では報道の一種としての機能を持つ。だが、正規の報道とは違うアブノーマルな報道である。例えば正規の報道が「大臣が死亡した」と伝える一方で、「大臣はどうやら自殺したらしい」と伝わるのが流言蜚語である。

 このような憶測が生まれて広まりやすいのは、報道機関が麻痺していたり検閲がかかっていたりすることで、情報に制限が働いている場合や、大臣が実際には自殺したことこそが事実であるべきだという願望を多くの人が抱いている場合においてであろう。

 人間は自己と環境との関係について、何らかのイメージを持つことで滞りなく生活できるようになる。だが、突然の大災害による環境の激変と情報の枯渇に見舞われることで平時のイメージは崩壊を余儀なくされる。

 新たにイメージを作り出そうとしても、目隠しをされたまま手探りで何かを探さなければならない状況の中では、たまたま手が届く範囲にあった情報に食いつくいてしまうかもしれない。それだけでなく、いち早くこの情報を周りの人に知らせなければという善意から、拡散を行うようにさえなるだろう。

 もう少しわかりやすい例に置き換えてみよう。例えば、吹雪に閉ざされて通信手段も遮断された雪山のホテルで殺人事件に遭遇したとする。犯人はまだ判明していない状況だ。

 宿泊客、従業員、支配人は皆、わずかな情報からなんとかして真実を探ろうとするだろう。なかには名探偵の真似をして憶測に基づく自説を披露する者が現れるかもしれないし、感情的なこじれから実際には無実の者に罪を着せようとする者も現れるかもしれない。やがてお互いが疑心暗鬼に陥って、さらなる悲劇が生じる可能性さえ考えられる。

 これと同じように、枯渇する情報に対する「飢え」と、命を脅かされるほどの緊急事態が重なれば、デマが拡散するための条件が整うこととなるのだ。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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