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祖国の守護神となった「天の車」

ダビデの星の戦車たち①~中東の小国イスラエルを支える地上戦の要~

■祖国の守護神となった「天の車」

最初に実戦配備されたメルカバMk.1。出現当初でまだ実戦における好評を得ていなかった頃のメルカバは、特に国外の戦車専門家からあまりに特異な設計コンセプトの是非が問われたほどだった。

 1948年5月14日に建国されたイスラエルは、その誕生の経緯が主な原因となり、周囲のアラブ諸国と敵対関係が生じていた。同国には、世界中からユダヤ人が集まってきたが、建国当初は国家としての兵器の備蓄もなく苦戦を強いられ、多くの人命を失った。だが国民の絶対数が少ないイスラエルにとって、多大な人命の喪失は国家の存亡をも揺るがしかねないものだった。
 かような国家的理由を背景として、イスラエルは独自の運用思想に基づく、独特の特徴を備えた戦車を開発する。元来、周囲を陸繋がりで敵性国家に囲まれた同国にとって、戦車は重要な兵器であった。しかも、戦車ほどの技術力集約型の兵器ともなると、建国当初のイスラエルの国力では開発や生産が困難だったため、輸入に頼らざるを得なかった。だが国際情勢の変化が、戦車のみならず様々な兵器の安定的な輸入を阻害する局面も生じた。
 このような苦しい立場にあったイスラエルに対してイギリスは1963年、自国のチーフテン戦車をベースとする新型戦車の共同開発を持ちかけた。イスラエルはこの計画に参加したが、その後、アラブ諸国の圧力によって肝心のイギリスが計画を中止してしまった。

 そこで1970年、のちに「イスラエル機甲部隊の父」と呼ばれるようになるイスラエル・タル将軍の主導により、同軍における戦車戦の経験に基づいたイスラエル国産戦車の開発が開始された。
 「天の車」や「神の戦車」を意味するメルカバの名称を与えられたこのイスラエル国産戦車は、人命の保護を最優先した設計となっていた。最大の特徴は、通常の戦車とは異なり、車体の前部にエンジンを搭載していることだ。戦闘中の戦車は前面からの被弾で撃破されるのがほとんどであり、車体前部にエンジンを載せれば、被弾時に走行不能となるのは確実である。反面、車体前部に据えられた大きく堅牢なエンジンは被弾時に盾の役割をはたして、その後方に設けられた戦闘室内の乗員への被害を大きく軽減する効果を発揮する。
 かようなエンジンの配置と合わせて、車体後部に大きめのハッチを備え、戦闘室と車外の往来の容易化が図られた。つまり、敵に正面を向けて戦闘中、前面に被弾して戦闘行動不能となったら、自車のエンジンが盾となったおかげで無傷の乗員は、今度は自車そのものを盾として、車体後部から車外へと脱出するという寸法である。
 しかもこの車体後方のハッチは、乗員の脱出だけでなく予備の砲弾の搭載、少数の味方歩兵の輸送、脱出した別の戦車の乗員の救助といった際に有効に機能した。砂漠の戦車戦で補給の途絶が予想される際には、事前に本来の搭載量を超えた予備の弾薬、水や食料を積み込んだり、敵の弾雨の中で脱出した味方の乗員を一時的に車内に収容して安全に戦場から後退させたり、戦車を援護するのに不可欠な歩兵が敵弾に晒されないよう、突撃の際に車内に入れて輸送したりといったことができたのだ。

 メルカバの足回りもまた、乗員の生残と損傷時の修理を容易にする工夫が施されている。転輪を支えるサスペンションには、第二次大戦中に設計されたイギリス製のセンチュリオンが備えるホルストマン式が用いられているが、このやや旧式なサスペンションは、側面から攻撃を受けた際に盾となる構造で、しかも損傷時には交換がしやすいという利点を備えている。
 そして主砲には、当時の自由主義陣営の戦車の共通砲ともいえ、威力面でも一流を誇る、イギリスで開発された105mm戦車砲L7が載せられた。
 他にも、敵の対戦車誘導ミサイルの操作兵を掃討したり市街戦時の防御用に数挺の機関銃が砲塔上に備えられ、さらに煙幕展張と対人用に60mm迫撃砲も装備している。
 こうして誕生したメルカバは1979年4月にMk.1の運用が開始され、イスラエルの思惑通りの能力を発揮。以来、改修が重ねられて、現在では120mm戦車砲を備えるMk.4が主力となっている。

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白石 光

しらいし ひかる

戦史研究家。1969年、東京都生まれ。戦車、航空機、艦船などの兵器をはじめ、戦術、作戦に関する造詣も深い。主な著書に『図解マスター・戦車』(学研パブリック)、『真珠湾奇襲1941.12.8』(大日本絵画)など。


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