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新選組の錦絵のなかでも最も有名な作品に込められたメッセージとは? ~『甲州勝沼駅ニ於テ近藤勇驍勇之図』を読み解く~

「新選組」の真実⑤

新選組の錦絵のなかでも最も有名な作品に込められたメッセージとは?(『明治維新に不都合な「新選組」の真実』吉岡孝 著より

■敗者に「驍勇」と冠した錦絵の意味

月岡芳年筆「甲州勝沼駅ニ於テ近藤勇驍勇之図」 明治7年(1874)刊

 新選組(しんせんぐみ)の錦絵のなかで、最も有名な作品がこれではないだろうか。新選組は昔から、理想の武士像を追い求めるあまり、西洋化という時代の流れに対応できなかった集団という印象を持たれがちである。そのイメージは、明治7年(1874) 12 月に刊行された、この作品にも反映されている。

 まず、画面中央で凛々(りり)しく立っている男が近藤勇だ。その恰好(かっこう)は和装に刀姿という前時代的なものである。しかも、近藤の周りには、仲間とみられる和装の男の死体が横たわり、戦況は良くないことが強く印象付けられる。

 さらに煙の向きなどから、逆風が吹いていることがわかり、近藤の行く末が危ういことを感じさせる。事実、近藤はこの戦い後、流山(ながれやま・千葉県)で捕らえられ板橋(いたばし)宿(東京都)にて斬首に処された。

 反対に、画面の左側に描かれた新政府軍は、服装も洋装に統一され、隊長とおぼしき人物の指揮で、一斉に発砲している。その様子から、非常に統率のとれた部隊であることがみてとれる。

 近藤の率いる甲陽鎮撫隊(こうようちんぶたい)は、実際は後装ライフル銃や大砲など、最新鋭の武器を擁する部隊であったが、この錦絵の近藤隊は刀で近代装備の敵に立ち向かっている。

 そもそも慶応4年(1868)3月に起こった甲州勝沼の戦いは、近藤が率いる甲陽鎮撫隊と、土佐(とさ)藩の板垣退助(いたがきたいすけ)が率いる迅衝隊(じんしょうたい)を中心とした新政府軍の衝突である。近藤は江戸防衛の要にして、江戸城の西方約125㎞に位置する甲府(こうふ)城を押さえるために兵を挙げたが、既に甲府城は新政府軍の手に落ちていたため、入城することができなかった。

 進軍に際して甲陽鎮撫隊は、泊まる先々でどんちゃん騒ぎをしたために、行軍が遅れたとする説がある。だが実際には、3月1日に江戸を出発し、その日のうちに日野(ひの・東京都日野市・行軍距離約37㎞)、2日には与瀬(よせ・神奈川県相模原市・行軍距離約25㎞)、3日には猿橋(さるはし・山梨県大月市・行軍距離約25㎞〔甲府城まで約46㎞〕)に宿泊しており、特に遅延したわけではない。思った以上に迅速に行軍しているのだ。

 この絵を描いたのは、幕末から明治にかけて活躍した絵師の月岡芳年(つきおかよしとし)である。芳年の師匠は歌川国芳(うたがわくによし)で、国芳は江戸時代に幕府の厳しい規制に反発し、一風変わった風刺画を描いたことでも有名だ。芳年も、そんな師匠の反骨精神を受け継いだのだろう。逆賊(ぎゃくぞく)と呼ばれた新選組の近藤に、「驍勇(強く勇ましいさま)」という言葉を題名に用いて、滅びゆく者の美しさ、気高さを見出したのではないだろうか。

KEYWORDS:

『明治維新に不都合な「新選組」の真実』

吉岡 孝 (著)

 

土方歳三戦没150年……

新選組は「賊軍」「敗者」となり、その本当の姿は葬られてきたが「剣豪集団」ではなく、近代戦を闘えるインテリジェンスを持った「武装銃兵」部隊だった!

いまこそ「官軍の正義」を疑え!「新選組の歴史」が変わる!

初公開を含む「豊富な図版点数」を収録。

いまこそ「新選組」の本当の姿をお伝えしよう

◆長州&土佐は上洛直後の新選組のスカウトに動いた

◆新選組は剣豪集団ではなく「武装銃兵」部隊だった!!

◆「俺たちはいくらでも近代戦を戦える!」

―――――そう語ったと読み取れる土方歳三の言葉とは!?

◆新選組の組織と理念は、本当は芹沢鴨が作った?

◆近藤勇より格上の天然理心流師範が多摩に実在!

◆新選組は幕末アウトロー界の頂点に君臨していた!?

◆幕末の「真の改革者」はみな江戸幕府の側にいた!!

 ともすると幕末・明治は、国論が「勤王・佐幕」の2つに割れて、守旧派の幕府が、開明的な 近代主義者の「維新志士」たちによって打倒され、「日本の夜明け」=明治維新を迎えたかの ような、単純図式でとらえられがちです。ですが、このような善悪二元論的対立図式は、話と してはわかりやすいものの、議論を単純化するあまりに歴史の真実の姿を見えなくする弊害を もたらしてきました。

 しかも歴史は勝者が描くもので、明治政府によって編まれた「近代日本史」は、江戸時代を 「封建=悪」とし、近代を「文明=善」とする思想を、学校教育を通じて全国民に深く浸透さ せてきました。

そんな「近代」の担い手たちにとって、かつて、もっとも手ごわかった相手が新選組でし た。新選組は、明治政府が「悪」と決めつけた江戸幕府の側に立って、幕府に仇なす勤王の志 士たちこそを「悪」として、次々と切り捨てていきました。

 新選組の局長近藤勇は、自己の置かれている政治空間と立場を体系的に理解しており、一介 の浪士から幕閣内で驚異的な出世を遂げた人物です。そんな近藤の作った新選組という組織 を、原資料を丁寧に読み込み、編年形式で追いながら、情報・軍事・組織の面から新たな事実 を明らかにしていきます。

そこには「明治維新」にとって不都合な真実が、数多くみられるはずです。

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吉岡 孝

よしおか たかし

國學院大學文学部教授

1962年東京都国分寺市に生まれる。1986年國學院大學文学部史学科卒業。1992年法政大学大学院人文科学研究科日本史学専攻博士課程単位取得退学。2006年國學院大學文学部専任講師。2008年國學院大學文学部准教授。2017年國學院大學文学部教授。専攻は日本近世史。著書に『八王子千人同心』(同成社 2002年)、『江戸のバガボンドたち』(ぶんか社 2003年)、『八王子千人同心における身分越境―百姓から御家人へ―』(岩田書院  2017年)。監修に『内藤正成の活躍』(久喜市、2018年)、『空襲で消えた「戦国」の城と財宝』(平凡社 2019年)などがある。ブログ「青く高き声を歴史に聴く」blog.livedoor.jp/yoshiokaa1868を執筆。


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