雅子さま、紀子さま…。麗しいお姿の礎はこうして生まれた。創業者与儀八重子氏の代から続く皇室と与儀美容室とのかかわり |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

雅子さま、紀子さま…。麗しいお姿の礎はこうして生まれた。創業者与儀八重子氏の代から続く皇室と与儀美容室とのかかわり

皇室御用達の与儀美容室が語る皇室とのかかわりと御婚儀のお支度

 さっそく祖父母はホテルオークラ東京に呼ばれ、今で言うプレゼンテーションをすることになりました。

 とは言え、我が家には財産があるわけでも、ひとの目を惹くような華々しい経歴があるわけでもありません。何を伝えすれば、オークラにふさわしいと思ってもらえるのか…。祖父母は頭を悩ませ行き着いた答えが「私たちの財産はお客さま」ということでした。

 私たちは、日々目の前のお客さまのために毎日の仕事をしっかりこなす職人。みなさまが美しくなるための裏方にすぎません。技術には自信がありますが、どなたにも理解していただける良さといえば、「素晴らしいお客さまが通ってくださっていることだ」と考えたのです。そして祖父は通っていただいているお客さまについてをオークラの担当者に話したそうです。各宮家のみなさまをはじめ、旧財閥の奥さま、大企業の創業者のご一族、大物政治家のお嬢さまなど、綺羅星のようなお名前を耳にしたしたオークラの担当者は「これほどのお客さまがオークラに足を運んでくださるのなら言うことはない」と言って採用してくださったそうです。

 オークラ東京に移ってからも皇室のみなさまとのご縁は続きました。三笠宮家の第一皇女・甯子(やすこ)さまの御婚儀では、お生まれになってからずっとお越しになっていることもあり、「すべて与儀さんにお任せするわね」と全幅の信頼を寄せていただいたと聞きました。今でも毎週のようにお越しいただいている、大切なお客さまです。

 1980年には、「ひげの殿下」として国民に人気のあった寛仁親王の御婚儀を承り、親王妃信子殿下(麻生信子さま)のお支度もさせていただきました。

 そして昭和58年。三笠宮家の第二皇女・容子さま(千容子さま)の裏千家への輿入れの時のことです。京都でのお式でしたが、ご縁の深い三笠宮妃殿下のご息女ということもあり、私たちが務めさせていただくことになりました。

 容子さまは裏千家今日庵でお式をされた後、すぐにおすべらかしを洋髪に結い直し、天皇陛下お差し回し車で都ホテルに晩餐会のために移動されます。鬢付け油を髪を傷めず素早く落とし、さらに洋髪に結い上げるためには、大変な技術が必要なのです。この時、祖母がそれを見事にやり遂げたということが、大変な評判になりました。実際にその目でご覧になった、さる宮中の方が「与儀さんのところは手際よくやってくれる」と太鼓判を押してくださったと伺っております。

 また、こんなエピソードもありました。都ホテルの披露宴では、容子さまはお振り袖をお召しになったのですが、その時の御御帯は、三笠宮百合子妃殿下が昭憲皇太后さまからいただいたという大切な帯でした。その帯は大変硬い綴れで、柄出しも難しく、しかもいちばん重要なところに「君が代は千代に八千代に」という織りが出てくるような帯だったのです。じつは今まで誰も締められなかったというその御御帯を、祖母と母が試行錯誤を重ね、帯の中心に「君が代」の織りを出すことができ、百合子妃殿下から「見事ね」と、お褒めの言葉をいただくことができたのは、今でも母の心に強く残っているそうです。

 これをきっかけに、私たちに高い技術があるということが徐々に知られるようになりました。

 そして、この時いただいたお褒めの言葉、そして高い技術への評判が、その後の秋篠宮妃紀子さまの御婚礼のお支度につながり、さらにそこから秋篠宮家、今上天皇家とのご縁につながっていくとは夢にも思っておりませんでした。

KEYWORDS:

『与儀美容室がお客さまから学んだ美しい生き方』
与儀育子

 

戦前、銀座の「資生堂美容室」で働いていた初代・与儀八重子氏が1948年、焦土となった銀座の一角に「シャンプーができる美容室」として開業したのが与 儀美容室のはじまり。その後、丁寧な仕事ぶりや革新的な技術の導入、さまざまな縁も重なって宮家が通うようになり、その後、順宮厚子内親王殿下(池田厚子 さま)の婚礼の支度などを任されるようになる。さらに紀子さまの婚礼支度、雅子さまの婚礼支度、眞子さまや佳子さまの式典や晩餐会でのお支度など、皇室か ら信頼される一流美容室に。さらに与儀美容室は、縁あって山中教授や本庶先生など、ストックホルムで行なわれるノーベル賞受賞者の授賞式支度もされていま す。
そんな一流美容室でありながらも、モットーは「お客様目線」。例えばカラーで白髪を隠そうとしている客に対してカウンセリングし、白髪を活かす「グレーヘ ア」を提案するなど(※そのままカラーをすれば、当然カラー料金が利益になるが、個人の髪質やスタイルなどを踏まえ、客のためにならないことはしない=利 益のみを追求することはしない)、偉ぶることのない仕事ぶりはテレビなどでも特集されています。
本書は皇室御用達ながらも、けして高飛車になることなく地に足をつけた仕事ぶりで高い評価を得ている与儀美容室の「仕事の流儀」を紹介。さらに三代目であ る与儀育子氏が考える将来の展望なども含め、あまり語られることのなかった、与儀美容室の「今まで」と「これから」にも迫ります。

オススメ記事

与儀 育子

よぎ いくこ

与儀美容室

美容師

1949年創業、結婚式場として有名なホテルオークラ内にある与儀美容室は70年の歴史を誇る。与儀育子氏は、皇室女性担当として、プリンセス達に美しい髪を届けてきた与儀美容室の三代目。初代である祖母の八重子氏、そして母のみどり氏から受け継いだ、丁寧な仕事ぶりから、皇室のみならず、日本人ノーベル賞受賞者(山仲教授、本庶先生など)、経済界の著名人などが通う、一流の美容室である。


この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-