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香港の事態は何ら他人事ではない

令和の真相㉒

◆香港人の絶望の構造

 沈聯濤と蕭耿は、根拠として「ジニ係数」を持ち出します。 
 社会の不平等性を計る指標で、値は0から1まで。
 0が最も平等、1が最も不平等です。
 0.4を超えると社会不安が生じ、0.5を超えると暴動などの激しい対立が生じやすくなる。

 2017年、香港のジニ係数は0.539!
 過去45年間で最大とか。
 先進国で最も格差の大きいアメリカが0.411ですから、それと比べても相当に深刻。
 ちなみにわが国のジニ係数は、2016年の時点で0.34とのこと。

 しかも香港は住環境が悪い。
 上海の1人当たり居住スペースが36平方メートル(※)なのにたいして、香港は16平方メートルしかありません。
(※)日本語版では24平方メートルになっています。

 おまけに香港の議会(立法会)は、職能団体から選出される議員が半数を占めることもあって、既得権益を守る傾向が強く、事態を改善できない。

 沈聯濤と蕭耿いわく。
【香港の反対派は、自分たちの声が政治に反映されていないと思っている。
だが彼らに耳を貸そうとしないのは中国政府ではなく、ほかならぬ香港のエリートなのだ。】(英語版より拙訳)
 
 香港のエリートには親中派(「建制派」ないし「親北京派」と呼ばれます)が多いので、この論理展開は少々強引。
 彼らが民衆の不満を無視するのは、自分たちの利益を確保すべく、中国政府の意向に耳を傾けているからという可能性が高いのです。

 だとしても、この点まで考慮に入れると、反対派がかたくなになる理由が見えてくる。
 彼らの目には、次のような状況が映っているのです。

1)香港は中国の一部であり、一国二制度にしても2047年には終わる。
2)ゆえに政治的自由への制限はいずれ強まる。
3)中国返還いらい、格差は拡大した。
4)エリートは親中派が主流で、自分たちの声に耳を貸そうとしない。

 つまりは八方ふさがり。
 そのことへの絶望感が、逃亡犯条例改正案をきっかけに爆発したのに違いない。

 

◆われわれの敵も目の前にいる!

 しかるにお立ち会い。
 極東の一角に、よく似た状況に置かれた国があるのですよ。
 つまり、わが日本。
 どうぞ。

1)日本はアメリカの従属国であり、日本の主権は制限つきのものにすぎない。
2)「日米同盟の絆」の名のもと、従属は近年深まっている。ゆえに主権への制限も強まる。
3)アメリカの意向に沿った新自由主義的な構造改革、およびグローバリズムによって格差は拡大した。
4)エリートは親米派が主流で、国民の不満に耳を貸そうとしない。

 親分が中国か、それともアメリカかという違いこそあるものの、
 〈大国に従属しなければやってゆけないが、従属すればするほど自由がなくなり、かつ格差が拡大する〉
 という点において、両者はそっくりではありませんか。

 思えば香港が中国に返還された1997年は、わが国でデフレ不況が始まった年。
 20年あまりを経ても、脱却は果たせていません。
 すると香港の騒乱も、いよいよもって他人事とは言えなくなってくる。

 「逃亡犯条例改正案が撤回されただけでは解決にならない」という反対派の主張は、今までの分析を踏まえれば、全くその通り。
 ただしこれを突き詰めると、中国からの独立が不可避となる。
 北京政府と正面切って対決しなければなりません。

 同様、わが国の格差拡大に歯止めをかけ、経世済民を達成するには、消費税の引き下げや廃止(たとえば)を実現するだけでは十分ではない。
 グローバリズムの問題点を直視し、新自由主義的な構造改革路線そのものを改める必要があります。
 ただしこれを突き詰めると、対米従属の経路からの脱却が不可避となる。
 アメリカと正面切って対決しなければなりません。

 どこまで理想を追求すべきなのか?
 現実的な落としどころをさぐるとしたら、何を捨てて、何を守るべきなのか?

 簡単に答えが出る問題ではありません。
 しかし「自由を求める香港の人々」に共感したつもりになったあげく、アメリカが経済制裁で中国を抑え込むことを期待してばかりいるようでは、良くて無益、悪ければ自滅的な結末が待っているでありましょう。
 沈聯濤と蕭耿が喝破したとおり、敵は北京ではなく、目の前にいるのです。

(了)

文/佐藤健志

 

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佐藤 健志

さとう けんじ

佐藤健志(さとう・けんじ)
 1966年、東京生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒業。
 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。
 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。
 主著に『平和主義は貧困への道』(KKベストセラーズ)、『右の売国、左の亡国 2020s ファイナルカット』(経営科学出版)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)など。共著に『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』( VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』( PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年12月、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。
 2019年いらい、経営科学出版よりオンライン講座を配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻に続き、現在は『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻が制作されている。

 

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