味わった「悲劇」を糧に全国の頂点へ<br />―精華女子吹奏楽部の「真価」を見せるとき― |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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味わった「悲劇」を糧に全国の頂点へ
―精華女子吹奏楽部の「真価」を見せるとき―

自分の心に刻んだ「コトバ」と仲間たちを信じて

 九州大会から約2カ月後、精華女子高校吹奏楽部のコンクールメンバーは全日本吹奏楽コンクールが開催される名古屋にいた。

 九州大会という狭き門をくぐり抜けた55人には、もはやプレッシャーはなかった。全国大会には、「その先」がない。ひたすら自分たちが追求してきた「真価」を見せつければいい。

 本番前の最後のリハーサルで、不意に顧問の櫻内先生がこんなことを口にした。

「3年生は全国大会に行かれなかった次の年に、そんな精華を選んで入ってくれた。本当に精華を好きな人が集まってくれて、人数が少ない中、今までよく頑張ってくれたね」

 その言葉に、部員たちは号泣した。先生がずっと心に秘めていた思いを知り、自分たちも感情があふれた。

 さらに結束を高めた精華は、全国大会の会場である名古屋国際会議場センチュリーホールのステージに立ち、目の覚めるような演奏を披露した。「真価」を追求したことで「進化」し、藤重先生が築き上げた黄金時代の精華とはひと味違う新しい精華、「新華」を咲かせた。

 新年度が始まるときに立てたスローガンを達成した瞬間だった。

 

 審査結果は、金賞。全国の頂点を極めた。

 

 精華にとって、吹奏楽コンクールと同じくらい重要なイベントがマーチングコンテストだ(九州ではパレードコンテスト、通称「パレコン」とも呼ばれる)。フロアを行進し、巧みにフォーメーションを変えながら演奏をするマーチングは、目と耳で楽しめる「ショー」だ。精華は2017年まで全日本マーチングコンテストに19回出場し、なんとすべて金賞を受賞していた。

 マーチングコンテストに出場できるのは、ドラムメジャー(マーチングの指揮者)を含

めて81人。2018年度、それをまとめるマーチングリーダーに選ばれたのが、テナーサックス担当の「フユウ」こと木部冬羽だ。

マーチングリーダー・テナーサックス担当の「フユウ」こと木部冬羽さん。

 フユウは中学時代に吹奏楽をやっていたものの、高校で精華に行くつもりはなかった。だが、進路を確定する段階になって「やっぱり高校でも楽器を続けたい。どうせやるんやったら全国目指そ!」と精華への進学を決めた。高校2年からはマーチングの中心となり、3年でリーダーになった。「全国大会に出て金賞をとる」のが当たり前になっている精華で、そのプレッシャーを誰よりも引き受けなければならない立場だった。

 フユウは自分の中で「後悔しない」というコトバを目標にした。結果も欲しいが、何よりも自分を含めたみんなが後悔しないショーにしたい―そうフユウは思った。

 もうひとり、マーチングに強い思い入れのある部員がいた。運営部長のモモコである。福岡大学附属大濠高校に行かれなかったモモコは、小学校のときに立った大阪城ホールでもう一度マーチングをするために精華にやってきた。

「もし大濠に行ってたら……」

 精華で活動しながら、モモコはことあるごとにそう考えてしまっていた。全日本マーチングコンテストには前年、2年生で初めて出場したが、やはり高校最後の年に大阪城ホールで演奏・演技をし、自分が抱え続けてきた後ろめたさを払拭したかった。

 福岡県大会前、マーチング用の楽譜が配られた。人気作曲家の樽屋雅徳がイギリスの作曲家の名曲をアレンジした《イングランド・マジェスティ》。冒頭はスネアとトランペットのソロから始まる。トランペットはミユ、スネアを担当するのはモモコだった。

「日本中から注目されている精華のショーが、自分のスネアで始まるんや……」

 嬉しくもあったが、不安と焦りを感じずにはいられなかった。

「でも、絶対に悔いを残さんようにしよう」

 モモコも、フユウと同じ気持ちだった。

 

つづきは近日配信予定。

KEYWORDS:

『吹奏楽部アナザーストーリー 上巻』

『吹奏楽部アナザーストーリー 下巻』

著者:オザワ部長

 

現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。

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オザワ部長

おざわぶちょう

吹奏楽作家

1969年生まれ。神奈川県横須賀市出身。早稲田大学第一文学部文芸専修卒。総合吹奏楽情報サイト「ある吹net」(http://arusui.net/)やツイッター・フェイスブックでの情報発信のほか、ネットラジオ「OTTAVA Bravo Brass ブラバンピープル集まれ!オザワ部長のLet's吹奏楽部」出演、CD選曲やライナーノーツ執筆、雑誌・ネットメディアへの寄稿など多方面で活動中。担当楽器はサックス。好きな吹奏楽曲は『吹奏楽のためのインヴェンション第1番』(内藤淳一)、『宇宙の音楽』(スパーク)。著書に『吹部ノート』、『吹部ノート②』(KKベストセラーズ)、『サヨナラノオト』、『きばれ! 長崎ブラバンガールズ』(学研プラス)、『あるある吹奏楽部の逆襲!』(新紀元社)など。


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