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なぜ「月見る月はこの月の月」なのか?
~9月の行事を学びなおす~

■「季節行事」の意味と由来を知る・9月編

■芋名月・栗名月――月見団子は盗んでもよい?

 お月見はただ満月を楽しむだけではなく、お供えをするのが伝統的なやり方だ。お供え物は月見団子とススキの穂というのが一般的で、天保9年(1829)に刊行された『東都歳時記』には「団子酒造(みき)すゝきの花等月に供す」と書かれている。地域によってはサツマイモやサトイモ、クリ、赤飯、お萩などを供えることもあるという。

『東都歳時記』「良夜墨水看月」。隅田川で月見を楽しむ江戸の趣味人たち。

 面白いのは、月に供えた団子は盗んでもいいとしているところが全国各地にあることだ。場所によってはたくさん盗まれたほうがよいとして、子どもたちが盗むのを見て見ぬ振りをするという。

 このおかしな風習の意味を解くカギは、中秋には綱引きや相撲などの競技が行われることが多いということにある。

 神事で行われる競技は、その勝敗によって豊凶を占うものであることが多い。中秋のこの時期は畑作の収穫シーズンの始まりであるから、少しでも実りが多くなるようそうした競技がなされたのだろう。

 綱引きなどの習俗が残るのは九州から沖縄にかけての地域であるが、かつては全国的に行われていたのではなかろうか。供え物の団子を盗ってくるというのも、そうした習俗の一つだった可能性がある。団子をたくさん盗めばそれだけ豊作になる、といった信仰があったのかもしれない。

 お月見が豊作祈願の〝祭〟であったと考えれば、地域によっては芋名月・栗名月などと呼ばれている理由も明らかになる。イモやクリの豊作を祈ったから、そう呼ばれるようになったというわけだ。

 寛政2年(1790)に書かれた『一挙博覧』という随筆によると、先にあげた「月見る月」の歌は、貴人の家の女中たちが中秋のお月見の際にイモに箸であけた穴から月を見て唱えていたものだという。なぜそのようなことをしていたのかわからないが(美人になるといった言い伝えでもあったのだろうか)、これも中秋の名月にイモの豊作を願った名残の可能性がある。

 また、お月見が豊作祈願の祭であるとすれば、お月見が「この月」でなければならない理由もわかってくる。前の月の満月では収穫には早すぎるし、翌月では遅すぎるからだ。ちなみに、イギリスなどでは秋分に一番近い満月を「ハーベスト・ムーン」(収穫の満月)と呼ぶ。やはり収穫の目安としていたということであろう。

 

 豊作を願うのであれば、月ではなく太陽だろう、と思われるかもしれない。

 しかし、月の満ち欠けに基づいた旧暦(陰暦)で暮らしていた時代の人々にとって、月は暦を司り、季節を順当に移ろわせる存在であった。農民たちは季節はずれの暑さや寒さなどが起こらず、時季はずれの大雨や日照りにもあわずに収穫の時期を迎えるためには、月の力を借りるのがよいと考えたのだ。

 みなさんも人生が実り豊かなものとなるよう中秋の名月に祈ってみてはいかがだろうか(効果の保証はいたしかねますが)。

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渋谷 申博

しぶや のぶひろ

日本宗教史研究家

1960年東京都生まれ。早稲田大学卒業。
神道・仏教など日本の宗教史に関わる執筆活動をするかたわら、全国の社寺・聖地・聖地鉄道などのフィールドワークを続けている。
著書は『聖地鉄道めぐり』、『秘境神社めぐり』、『歴史さんぽ 東京の神社・お寺めぐり』、『一生に一度は参拝したい全国の神社』、『全国 天皇家ゆかりの神社・お寺めぐり』(G.B.)、『神社に秘められた日本書紀の謎』(宝島社)、『諸国神社 一宮・二宮・三宮』(山川出版社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』(日本文芸社)ほか多数。

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