|#02 『飛び込み自殺の写真に写っていたものは……』

 

 これはあるカメラマンの体験談です。

 彼は雑誌などに載せる広告用の写真を撮るのが専門で、会社や商品を象徴的に表すイメージ写真を得意としていました。その日も酒造会社からの依頼で、海と美女をテーマとした写真を撮っていました。

 この時モデルとして起用したのはレースクイーンもやったことがあるというスリムで背が高い美人で、炎天下での撮影にもかかわらず笑顔を絶やさないタフさももちあわせていました。

 撮影は岩場から砂浜、波打ち際と、場所を変えて夕方まで続きました。そして、そろそろ打ち上げにしようかというところで事件は起こったのです。

 名所となっている奇岩の崖を背景に、モデルが波打ち際をそぞろ歩くところを撮っていた時のことです。その崖の上から人が身を投げたのです。

 撮影に夢中になっていたカメラマンやスタッフたちはそのことにまったく気づきませんでしたが、周囲にいた観光客などがその瞬間を目撃し、すぐのあたりは騒然となりました。

 これでは撮影になりませんので、カメラマンは撤収を決めました。

 

 翌日、撮影データをチェックしていたカメラマンは不満げに助手を呼びつけました。

「これで全部なの?」

「あ、いや、全部ではなく」カメラマンが不機嫌なのを見て助手はどぎまぎしながら言いました。「先生がピックアップしておけと言われたカットだけです」

「だからさあ」カメラマンはモニターを指で叩きながら言いました。「オレがピックアップしておけと言ったもの全部か、と聞いているんだ。撮ったもの全部見るんだったら、最初からお前に処理頼まないよ」

「はあ、すみません。言われたもの全部です」

「嘘つけ」カメラマンは机をどんと叩きました。「終了直前に撮ったやつが入ってないじゃないか。あれが一番の出来のはずなんだよ」

「あ、あれですか……」助手は顔を青くして言葉を詰まらせました。心なしか震えているようです。「あれ、ダメです。使えません」

「なにがダメなんだよ。お前が決めることじゃないだろう?」

 カメラマンは激高して助手につかみかからんばかりに言い寄りましたが、助手はますます顔を青くして首を振るばかりです。

「それが本当にダメなんです。写っちゃっているんです」

 すると、カメラマンも昨日のことを思い出したのか、少し声を落として言いました。

「写っているって、あれか? 身投げ――?」

「そうです」

 さすがにカメラマンもショックだったとみえてしばらく黙って考えていましたが、

「トリミングすれば使えるかもしれない。とりあえず見せてみろ」

 と助手に言いました。

 助手は「トリミングしてもダメですよ」と言ったのですがカメラマンはきかず、とにかく写真を見せろと強硬に迫りました。

 仕方なく助手は自分の席にカメラマンを呼び、そのデータをモニターに映しました。

「ほら、いい出来だろう」

 カメラマンはモニターを見つめながら満足そうに言いました。たしかにその写真のモデルは髪が夕日で金色に輝いて整った横顔を際立たせていました。

「ですが、先生、ここに……」

 助手は震える指でモニターを指し示しました。見るとモデルの左肩の横に、仰向けになって落ちていく人の姿が写っています。

「これかぁ」カメラマンは腕組みをしてため息をつきました。「画像処理で消しちまうか……。これくらいならできるだろ?」

「違いますよ、そこじゃありません」助手は強く首を振って言いました。「その下です。――いいですか、拡大しますよ」

 助手はそう言うと墜落する女性のすぐ下の海面部分を拡大してみせました。すると――

「げっ!」

 カメラマンはそう叫んで2歩飛び下がりました。

 拡大された画面には、水中から宙へと伸びるたくさんの半透明の腕が写っていたのです。ひょろひょろとありえない長さに伸びた一本は、落ちてきた女性の首にかかっていました。

「な、なんだよ、それは……」

「わかりませんよ、そんなこと」助手はすねたような声で言い返しました。「でも、ひょっとしたら……」

「ひょっとしたら、なんだよ……」

 カメラマンは苦々しい顔でモニターを見つめながら言いました。

「海で死んだ人の亡霊とか……。そういう霊は仲間が欲しいので、自殺願望とかある人を誘うんだそうです」

「オ、オレは自殺願望なんかないから大丈夫だぞ」

「でしょうね――」

 助手は苦笑してつぶやきました。それが聞こえたのか、カメラマンは憮然として助手に命じました。

「そんな気味悪いカット、消しちまえ」

「消せないんですよ」弟子は振り返って悲壮な声でカメラマンに言いました。「朝から何度も何度も消そうしたんです。でも、エラーになって消えないんです。だから、この場所以外の撮影のデータだけバックアップを作って、元データのディスクは捨ててしまおうと考えたんですが、やっぱりダメなんです。バックアップにもこの写真が入ってしまうんです」

 

 結局、その日に撮影された写真は日の目を見ることはありませんでした。工場での事故により、その写真を使って宣伝するはずだった製品が発売中止になってしまったからです。

 撮影をしたカメラマンも体調を崩して廃業することになりました。助手もその数カ月後に行方不明になったそうです。モデルの子は今も活動していますが、腕しか撮らない写真専門のモデルになっています。