■「癒し」と「スピリチュアル」にハマる

 

 高校1年の時です。

 僕はもともと関節が弱いのですが、小学4年生から中学を卒業するまでに実は野球をやっていたせいか、身体じゅうの関節が痛み出し、特に腰痛がひどくなっていきました。

 砂糖中毒で身体もだるい状態が続いていたこともあり、とうとう痛みは限界に達してしまいました。

 自分で整体院を探して地元をまわりました。多くの整体院の中からなぜか気になる看板が目に止まり、その日のうちに施術をしてもらうことにしました。

 すると、たった1回の施術で腰痛がおさまったのです。
 先生の腕のよさに驚き、本当に感動しました。また、スピリチュアル系や医療関係の話で盛り上がり、先生とは最初からとても気が合ったのを覚えています。

 この時期に影響されたのがジョセフ・マーフィー(1898〜1981年、アメリカで活動したアイルランド出身の宗教家・著述家。著作は『眠りながら巨富を得る』など多数の本です。

 僕は、もともと精神世界に対して興味を持っていました。それは神秘思想や哲学に惹ひかれるアスペルガーの特性とも言えます(もちろん唯物論者もいます)。

 そのため僕は、必然的にというか、あっという間にスピリチュアルの世界にハマってしまったのです。
 そうなると、もう止まらないのがアスペルガーです。僕は、人間の潜在意識、輪廻転生、死後の世界、気功などの本をはじめ、小難しい哲学書から論拠に欠けるような統合医療関係の本にいたるまで、幅広く、そして膨大な量を読みまくりました。

 整体院には、週に1回のペースで通うようになり、先生とはさらに親しくなっていきました。

 ある時、先生が僕の手を見て「吉濱くん、ちょっとマッサージをしてみてくれないか」と言ってきました。
 先生いわく、僕の手は、手のひらが分厚く、平べったい指をしているのでマッサージや整体に向いているのだそうです。そういえば、野球の部活の時、「吉濱のマッサージが一番気持ちいい」と言われていて、すごく評判がよかったことを思い出しました。
 いつも落ち着きがない僕なのに、なぜかマッサージしてあげている時だけは心が安定しているのも僕自身不思議でした。

 こうして僕は、先生に勧められて、整体院で助手のアルバイトをすることになりました。

「僕のできる仕事が見つかった、もしかしたら天職かもしれない」と光が差したように思えました。

 僕のマッサージはなかなか評判がよく、週に6〜7人の割合で整体の施術を続けていました。

 ところがです。ちょうど先生が僕に国家認定資格を取らせようといろいろ準備してくれた時期、突然、僕はひどいうつになってしまったのです。
 やる気が出ない。食欲はない。身体がだるい。布団から起き上がるのも億劫なっていました。先生は心配して電話をかけてくれたのですが、電話に出ることもできませんでした。

 なんとかうつから脱した時には、数か月が経っていて、僕は先生に申し訳なさすぎて、連絡することができず、そのまま疎遠となってしまいました。

 せっかくの整体の仕事は残念な結果となり、相変わらず、僕はアスペルガー全開の生活を送っていました。

 さらにスピリチュアルな世界にハマっていき、ある本で見つけた「オーラ視(オーラが見られるようになる練習法)」を日々、重ねます。1~2か月ほどで、自分のオーラ、他人のオーラが見えるようになり、僕はおもしろくて仕方ありませんでした。

 

 高校3年の時には「気功」を習いはじめました。

 習いはじめてすぐに〝気〟が出せるようになり、あまりにもあっさりとできたので、人を癒すことはやはり自分の天職ではないかとまた思うようになりました。

 試しにリウマチに悩んでいた知人に手をかざしてみたところ、それまで曲がらなかった膝がその場で曲げられるようになったのです。

 思えば2歳の頃から両親が風邪をひいた時、怪我をした時など、手をかざすと症状が軽減したことが何度もありました。子ども心に僕には癒しの能力があるのだとうれしくなったものです。

 以後、僕はボランティアで200人以上の人の施術を行いました。効果が絶大だったのは、主にヘルニア、膝の変形、側そく弯わん症など、関節を患わずらっている人たちで、ほとんどの人が改善というより、〝治った〟と言ってくださり、大変喜んでくれました。ボランティアなのでお金はもらいません。

 当時の僕には、人を癒すことでお金をもらってはいけないというルールがあったからです(当時から気功師は普通に職業ですよね)。

 また、整体の先生から紹介された「宇宙意識研究会」という会合にも定期的に顔を出していました。

 名称はアヤシイ雰囲気ですが、ごくまっとうな人たちがスピリチュアルな話を持ち合って楽しく雑談するだけの会で、哲学、環境問題、農業の未来、社会科学などの話題について真面目に意見交換をしていました。

 僕はそれまで友達がいませんでしたから、こうして集まって話ができること、自分の話をおもしろがって聞いてくれるみんながいてくれることに喜びをかみしめていました。