|#02 『真夜中のプールに浮かぶ無数の……』

 

 海辺のリゾートホテルは目の前がビーチでも、たいていプールがありますね。ビーチだと体に砂がつくとか、子どもはプールの方が安心といった事情があるようです。

 高校以来の友人同士のヒロシとアキラが泊まったホテルにも大きなプールがあり、しかも夏期は24時間使えるということでした。

 しかし、夕方にチェックインした2人は、レストランからバーへ、そして部屋飲みとひたすら地元の酒を飲んでいたため、プールのことを思い出したのは深夜になってからのことでした。

「酔い覚ましにちょっと泳いでこないか?」

 アキラはまだ荷物をさばいていないスーツケースから水着を引っ張り出しながら言いました。「ここのプール、水平線を眺めながら泳げるらしいぜ」

「まっ暗で何にも見えないよ」ヒロシはあきれ顔で言いました。「今さらプールだなんて面倒臭いよ。明日にしようぜ」

「もう明日だって」アキラは意味不明のことを言ってケラケラ笑いました。「こんな時間に泳ぐヤツなんていないから、きっと貸し切りだぜ。なあ、行こうぜ」

 ヒロシもついにアキラに押し切られてプールに行くことにしました。

「24時間オープンだと、いつ掃除するんだろうな?」

 長い廊下を歩きながらヒロシはぼそりと言いました。しかし、アキラはそんなこと少しも気にならないらしく、「掃除ロボでも沈めてあるんだろ?」と言って、またケラケラ笑うのでした。

 夜更けのプールサイドは亜熱帯とはいえ、やはりひんやりとしていました。風が吹いてくると寒いくらいでした。

「なあ、本当に泳ぐのか?」

 ヒロシは改めてアキラに言いました。

「あ? ここまで来てなに言ってるんだよ。見ろよ、オレが言ったとおり貸し切りだぜ」

 そう言うと、アキラはシャワーも浴びずにプールに飛び込みました。

「おい、心臓止まっても知らないぞ」

 ヒロシもそう言いながら、そろそろとプールに入っていきました。

 昼間の熱が残っているのか水の中は生暖かく、どことなくどろっとした感じがありました。掃除の話をしたばかりなのでヒロシは少し気持ち悪いなと思ったのですが、泳いでいるうちに気にならなくなりました。

 しばらく泳いでいるとさすがに酔いが回ってきたので、2人はプールサイドのチェアで休むことにしました。

「しまった。ビール持ってくればよかった」

 チェアに横になりながらアキラがそんなことを言うので、ヒロシは「まだ飲む気かよ」とあきれて言いました。

「いや、酒が飲みたいんじゃなくて、喉が渇いたなって思ってさ。こんだけ水はあるけど、飲むわけいかないだろ?」

「当たり前だ」

 そんな話をしているうちにヒロシはうたた寝をしていました。

「おい、ヒロシ」

 不意に揺り動かされてヒロシは目を開けました。

「なんだよ。ビール取ってきたのか?」

「いや、そうじゃなくて……」そう尋ねると、アキラにしてめずらしく言いよどみました。「プールがなんか生臭い気がして……」

「生臭い?」

 そう言われてみれば、あたりには魚が腐ったような臭いがただよっています。

「それに――」
「それに?」
「プールになんか浮いているみたいだし……」
「え!」

 起き上がってプールの方を見てみると、たしかに白っぽいものが浮いているようです。それも一つや二つではありません。プール一面に浮いているのです。

「いつの間にこんなことになったんだ?」

「さあ、オレもちょっと寝てて、目が覚めたらこうなってた」

「もう部屋に帰ったほうがよさそうだな」

「ああ、でも、何が浮いているのか気にならないか?」

「うん、まあ。でも、見たら後悔しそうな気がするから……」

 ヒロシがそう言うと、アキラは皮肉っぽい笑みを浮かべました。

「オレたちこんなところで泳いでいたのかー、ってか? それはそれで面白いじゃん。ああ、スマホ持ってくるんだったな。写真撮って、『ヒロシはこんなところで泳いでました』ってアップできたのに」

「よせよ、もう。帰ろう」

 ヒロシは先に帰ろうとしたのですが、アキラに腕を取られてプールサイドまで連れていかれてしまいました。そして、見てしまったのです。

 プールに無数の腕と脚が浮いているのを。

 見渡すかぎり腕と脚ばかりで水面はまったく見えません。人体のほかの部位、頭とか胴体とかは一つも見当たりません。浮いている腕や脚は男のものも女のものもあり、年齢もさまざまであるようでした。いずれも強い力で引きちぎられたらしく、切り口はずたずたで骨や血管がむき出しになっていました。

「なんだよ、これ」アキラがぶるぶる震えながら言いました。「ホラー映画じゃないぞ」

「そんなことより早く部屋に戻ったほうがいい。行こう」

 ヒロシは取り憑かれたみたいにじっとプールを見つめているアキラを引っ張って、ホテルの本館に続く扉の前まで連れてきました。そして、その取っ手に手をかけたところで、「ぎゃっ」と叫びました。

「な、なんだよ。おどかすなよ」

 アキラは半分逃げ腰でそう言いました。ヒロシは震える指で扉の取っ手を指さしました。

「か、髪の毛が……」

「髪の毛?」

 見ると、取っ手には大量の髪の毛が巻きついていました。しかも、その毛はミミズのようにうごめいているようなのです。

「うわぁー」

 どちらともなく叫び声をあげ、2人はそこに腰を抜かしてしまいました。

「どうかしましたか? 大丈夫ですか?」

 おそらく監視カメラでプールの様子を見ていたのでしょう、警備員が駆け込んできました。彼は2人の前にかがみ込むと、「蛇でもでましたか?」と尋ねました。この地域には毒蛇がいるので、プールに紛れ込んだのかと思ったようでした。

「い、いや、蛇じゃなくて」ヒロシは震えながら言いました。「プ、プールに腕や脚が浮いていて。それに髪の毛が扉の取っ手に――」

「腕や脚がプールに浮いてる?」

 警備員はプールサイドに駆け寄ると、水面を見渡しました。さらに懐中電灯であちこち照らしていましたが、すぐに首を振りながら戻ってきました。

「人騒がせだなあ、あんたたち。腕や脚なんてどこにもないよ」

「ええ!」2人は顔を見合わせました。「だって、さっきはプールいっぱいに腕や脚が……」

「あんたたち、ヤクをやってたね」警備員は腕を組んで言いました。「まいったなあ。警察に通報すべきところなんだが、ホテルの評判に傷がつくしなあ。いいかい、あんたたち、楽しむのはけっこうだが、まわりに迷惑をかけるんじゃないよ……」

 50代くらいの警備員はこんこんと説教をしていましたが、2人の耳にはまったく届いていませんでした。警備員の背中から腕が何本も何本もにゅっと出てくるのに目を奪われていたからでした。