続いて、通変星、蔵干通変星からクリムトの性格を読み解いていく。通変星、蔵干通変星をわかりやすく円グラフに表すと下記のようになる。

 

知性…様々な分野の知識が豊富で、何かを学ぶことに喜びを感じる。頭の回転が速く、物事を論理的に捉えることが上手

行動力…頭で考えるよりも行動で結果を出す。未知の分野に挑戦する意欲が強く、交渉力や営業力を磨けば成功できる

人脈…さりげない気配りができて誰とでも仲良くなれる。サービス精神が旺盛でコミュニケーション能力も高く人を動かせる。

自立心…他人に依存することなく、自分が信じた道を突き進む強い精神性。リーダーシップを発揮しフリーで活躍できる。

遊び心…楽しいことを企画する等、生活に遊びを取り入れることが自然とできる。芸術面の才能があり、表現力が豊富。

 

○知性50%!(偏印2つ)

知性は何かを学ぶことが好きで、物事を論理的に捉えるのが得意。中でも「偏印(へんいん)」は、知的好奇心が旺盛で、アイディアや発想力がある。変わり者、個性的で放浪好き。海外に関心があり国外で活躍できる。

 クリムトの性格の50%は知性が占めている。つまり相当頭のいい人物だったのだろう。それもその発想力たるや凡人にはとても理解できなかったことと思う。

 ウィーン大学講堂の天井画の悲劇はご存知だろうか。古い歴史を持つウィーン大学は1884年に新校舎が完成し、32歳のクリムトはその装飾画の注文を文部省から受けた。クリムトが担当したのは、医学、哲学、法学の3点。しかし、クリムトの世界観を取り込んだ型破りな作品は批判の的となる。例えば、法学は、前方に裸でうつむく罪人に絡みつく巨大な蛸が描かれ、その周りに3人の裸女が立っている。この作品は理性を司る大学の意向に反し、ポルノグラフィティ的なものであると揶揄され、多大な物議を醸した。こうしたゴタゴタに嫌気がさしたクリムトは、この仕事から手を引いた。なお、これらの作品は1944年に国立オーストリア美術館の所蔵となったが、戦禍を逃れるためオーストリアの山中に移動した。しかし、翌年、ナチス軍によって城に火が放たれた際、一緒に燃えてしまい現存していない。

クリムトの壁画があるウィーン美術史美術館。

  写真のみが残るが、その世界観をよく感じて欲しい。そこには理性の優越を否定しようとするクリムト独自の哲学がある。凡人の私にどれほど解釈ができているかわからないが、医学、哲学、法学、これらの学問の世界は一見理性で成っているように見えるが、死の世界、性の世界、欲や苦しみ等の俗世と切り離して考えられるものではないし、考えるべきではないという深く強いメッセージが込められていると感じる。頭が良すぎたクリムトは考えが高次元すぎたため、凡庸なお役人や大学教授にはとても理解できるものではなかったのだろう。しかも、結果としてこの作品は現存していないのであって、悔やんでも悔やみきれない。

〇遊び心40%!(傷官と食神)

遊び心は、生活に遊びを取り入れることが自然とでき、芸術面での才能がある星。中でも「傷官(しょうかん)」は芸術性が高いが、ガラスのハートの持ち主。傷つきやすくナイーブで感情の起伏が激しい。また、「食神(しょくじん)」は、おおらかで遊び好き、子ども好きで子宝に恵まれる。楽しいが好きという子どものような星。

「傷官」を持っているクリムトは、感受性が強かったことが予想される。クリムトは1862年金銀細工師の家に生まれ、14歳の時、創設間もないウィーンの美術工芸学校に入学した。1883年になると、同じ工芸学校に学んだ弟のエルンスト、画家のマッチュと3人でアトリエを経営し、チェコの有名な市立劇場やウィーン美術史美術館の装飾の注文を受ける等、若い頃からその実力を轟かせていた。しかし、1892年に同志であった弟が早世。同じ年に父親もなくし、大きな衝撃を受けたという。このショックでアトリエを解体している。また、クリムトは、自分が父親のように若くして死ぬのではないか、うつ病を患った母のように正気を失うのではないかと恐れていたという。ナイーブなクリムトにとって相当応える出来事で、この傷を生涯抱えて生きていったことと思う。しかし、だからこそ、その後芸術性に一層磨きがかかったと言っても過言ではない。

 また、「食神」も持っていたクリムト。楽しんで生きたいという思いを持っていたのだろう。また、「食神」は子どもに恵まれる星でもあるが、生涯独身を貫いたにも関わらずクリムトには14人もの私生児がいたことがわかっている。

 

〇人脈10%(偏財)

 人脈を持っている人はコミュニケーション能力が高く、誰にでも優しい。中でも「偏財(へんざい)」は、人に対して断れないお人よしな性格。人脈も幅広く、ピンからキリまでお友達がいる。また、男性で「偏財」を持っていると恋愛運があり、女性好き。結婚ではなく恋愛を好む。

 クリムトが「偏財」を持っていることについて、筆者は「やはり!」と思った。クリムトには生涯の伴侶、エミーリエ・フレーゲがおり、死の床で呼び寄せたのもエミーリエだったが結局結婚しなかった。2人の間には性的関係はなく、プラトニックだったという。そんな美しい愛がありつつ、クリムトはモデルを含む数多くの女性と恋愛関係にあり、アトリエには何人もの女性が寝泊まりしていたという。クリムトが亡くなった後、大勢の女性が遺産目当てに裁判を起こしたが、先に触れたように、少なくとも14人もの婚外子が認定されている。どれほど女性関係が派手だったのかは容易に想像がつくだろう。そのクリムトの恋愛観やエロティシズムは確実に作品に反映されている。