「私以外私じゃない」をやめたときに訪れる幸福 | BEST TiMESコラム

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「私以外私じゃない」をやめたときに訪れる幸福

何者でもない者として生きた僧・良寛の教え

「何もしない」ことで人の心を温かくする

 ある月夜の晩、五合庵を訪ねてきた客のために良寛はひとっ走りして酒を買いに出かけた。しかし、いつまでたっても帰ってこない。しびれをきらせた客が探しに出かけると、途中の大きな木の下で放心しているように月を眺めている良寛がいた。
 良寛の子ども好きは有名である。行く先々で子どもを集め、一緒になって嬉々として遊んだ。「もういいかい」「まあだだよ」……かくれんぼの鬼になった良寛。いつまで待っても「もういいよ」の声がかからず、目をつむったまま夜更けまで待ったこともあった。 〈子どもらと手まりつきつつこの里に遊ぶ春日は暮れずともよし〉
 一、二、三、四……手鞠をついている間、体は手鞠歌とひとつになり、雑念は消える。天地にあるのは鞠だけ。やがて周りの子らの手に渡り、自己と他者がひとつに溶け合う。〈ひふみよいむなや 汝がつけば吾はうたい 吾がつけば汝はうたい〉
 融通無碍にいのちが躍動する。まさに禅の心身脱落の境地である。
 良寛は多くを語らない。ただ、瞳に愁いと慈しみを湛え、微笑んでいる。やがて良寛は、何もしないことで人びとのこころに火をともす、ふしぎな存在となった。
 良寛の訪問を受けたある人は、こんなことを書いている。 「師(良寛)我が家に訪れ、何日か滞在することがあった。するといつのまにか和やかな気分が家中に満ちて、帰っても数日のうちは、和やかな雰囲気が残った。師とただ話をしているだけで、心中清らかな気分を覚えた」

40歳年下の尼僧への恋心

 最晩年、良寛のこころを潤したのは貞心尼(ていしんに)との恋だった。
 貞心尼は、武家の家に生まれ、医者に嫁ぐも夫の裏切りにあい、若くして剃髪した女性である。詩歌をことのほか愛し、一途に純真なるものを追い求める孤独なこころをまばゆく照らしたのが良寛だった。その評判を聞き、書跡にふれ、思慕の念を募らせた貞心尼は、良寛にまっすぐな想いをぶつけた。
「いかにせん学びの道も恋草の茂りていまは文見るも憂し」(貞心尼)
 良寛70歳、貞心尼30歳。良寛は最初はややためらいがちに、やがてそれを受け入れ、そして自らわき上がる想いを隠さず表出した。  「君や忘る道やかくるるこのごろは待てど暮らせど訪れのなき」(良寛)
 まさか道を忘れてしまったのではないか……何もかも放下したはずの良寛が、おろおろする心情を隠そうともしない。天真に任せ、人間本来の姿に還っていく良寛がそこにいた。彼はこんな辞世の句を残している。
「うらを見せおもてを見せて散るもみじ」

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本田 不二雄

ほんだ ふじお

1963年、熊本県生まれ。福岡大学人文学部卒業。おもに神道、仏教、仏像などに関連する書籍の執筆、企画、編集に携わる。おもな著書に『へんな仏像』(学研)、『弘法大師空海読本』(原書房)などがある。


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