|#03 『不可解な雨の日の霊たち』

 命を狙ってくる幽霊・妖怪はもちろん恐ろしいのですが、なにをしようとしているのかわからないというのも恐いものです。

 東京西部に住む女子大生が体験した怪異も、そうしたものの一つに数えていいでしょう。

 初夏の夕暮れ時のことだったそうです。昼過ぎから怪しげだった空はとうとう耐えきれなくなり、ぽつぽつと降り出していました。女子大生は友だちの待ち合わせのため駅前広場に立っていたのですが、そこにサラリーマン風の中年男が近寄ってきて、ひと言、

「傘だよ」

 と言ったのです。言い終わると男は、少しけげんそうな顔をして彼女を見つめ、何ごともなかったかのように立ち去っていきました。

「なによ、アイツ。気色悪ッ」

 彼女はそうつぶやいて顔をそむけましたが、びっくとして一歩しりぞいてしまいました。すぐ目の前に主婦らしいおばさんが立っていたからです。

 そのおばさんは彼女に向かって、

「傘だよ」

 と言うと、無表情のまま立ち去っていきました。

「傘ってなによ……」

 さすがに恐くなってきた彼女が周りを見渡しているところに、友だちがやってきました。友だちは彼女がきょろきょろしているのを面白がって、

「なにあちこち見回しているのよ、変なの」

 と言いました。

「だって――」

 と彼女が説明しようとしたとたん、友だちは無表情となり、

「傘だよ」

 と言いました。

 彼女が凍りついたようになっていると、今度は友だちのほうが驚いたようすで彼女に「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけきたのです。なんとか冷静さを取り戻した彼女が、どうして「傘だよ」なんて言ったのか問い返してみると、友だちはそんなこと言っていないと言い張るのでした――

 ひょっとしたら女子大生は何かに憑かれていたのかもしれません。

 その霊が周囲の人の口を使って、彼女になにかを伝えようとしていたのでしょう。

 でも、何を――?


 次のコンビニに現れた霊も、目的は不明です。

 わかった時はもう手遅れなのかもしれませんが……。

 とある地方都市の郊外にあるコンビニ。ケイコさん(仮名)はここで深夜帯のバイトをしていました。

 その日は夜になってから雨が強くなり、10時を過ぎると客足はぱったりと途絶えてしまった。そろそろ日付が変わろうという頃、濡れそぼった男が店に入ってきました。

 60代後半くらいでしょうか、着古した作業着にすり切れたキャップを身につけています。深夜帯の客は常連が多いのですが、見かけない顔でした。

「トイレ……」

 男はそれだけ言うと、ケイコさんの返事を待たずに店の奥に歩いていきました。怪しげですが、とくに変なことをしたわけではないので文句を言うわけにはいかず、圭子さんは男がトイレに入っていくのを黙って見送りました。

「まさか強盗じゃないでしょうね」

 ケイコさんはカウンターの中の防犯ブザーに手が届くところに立って、じっとトイレを見張りました。

「まったく、あんなずぶ濡れで入ってこられたら、後でモップがけもしなければいけないし……」

 ケイコさんはそうぼやきながら床に目を落としましたが、不思議なことに床はどこも濡れていないようでした。

「おかしいなあ、あんなにぽたぽたしずくが垂れていたのに」

 ケイコさんは奇妙な気分になり、もう一度トイレに目をやりました。男がトイレに入って10分が経ち、20分が経ちましたが、男は出てきません。30分経っても出てこないので、ケイコさんは様子を見に行くことにしました。

「お客さん、大丈夫ですか? 気分が悪いようでしたら救急車呼びますよ」

 彼女はトイレのドアをノックしてそう言いましたが、返事はありません

「お客さん!」

 今度は強く叩いてみましたが、やはり返事はありません。ドアには鍵がかかっていないようでしたので、恐る恐る開けていると、中には誰もいません。

 トイレからさらに奥へは行けませんし、彼女の目を盗んで店の中に戻ってくることもできません。

「何これ、嘘……」

 ケイコさんは呆然としたままトイレのドアを閉め、振り返りました。すると、店長の姿が見えました。いつもなら店長も12時前には入店しているのですが、その日は都合で遅れていたのです。

「どうした、ケイコちゃん、なにかあったのかい?」

 ケイコさんが青ざめた顔をしているのを見た店長は、そう声をかけてきました。そこでケイコさんはトイレで消えた男のことを話しました。

「うーん、それが本当だとしたら怪談だなあ」

 店長は半信半疑のようでしたが、ひとまず防犯カメラの映像を確認してみることになりました。12時少し前のところから映像を再生してみると、男がやって来たちょうどその時間に、店の自動ドアが開くのが映っていました。しかし、入ってきたのは、あの男ではありませんでした。

 店に入ってきたのは霧のような白いかたまりでした。それは人が歩く速さで店の奥に進むと、ドアを開けてトイレに入りました。

 そして、20分後。

 トイレのドアの下の隙間から、白いかたまりは出てきました。玄関マットほどの厚みと大きさになったそれは、床の上をゆっくりと店の入口に向かって進んでいきました。

 映像にはその横を歩いてトイレに向かうケイコさんの姿も映っていました。ケイコさんがトイレを調べている間に、それはむくむくとふくれあがって人ほどの大きさになりました。

 しばらくの間、そのままの大きさでもこもこ動いていたのですが、ふいに縮まって人の形になりました。それは、店長そっくりでした。

 「え!」

と叫んで、ケイコさんが振り返ると、店長はにやりと笑ってこう言いました。

「そうだよ、オレだよ」