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集中と希望……平成日本衰退の理由と、令和年間に期待する3つの根拠

キーワードで振り返る平成30年史 最終回

 彼らはよせばいいのに、集中によって産業までも破壊してしまう。戦後日本が世界に誇った製造業。現在はEテレを名乗るかつてのNHK教育テレビが小学校2年生向けに放送していた社会科教育番組「はたらくおじさん」。その頃、「働いているのはおじさんだけではないぞ」などとファビョるフェミニストなど皆無だった。そしてこの番組で取り上げられるのは常にどこかの工場。70年代の日本にも公務員もいればサービス業だって当然あった。にもかかわらず「はたらくおじさん」ではたまに農家や漁師さんといった第一次産業を取り上げつつ、それ以外のほとんどの回で紹介されるのは工場。あの頃、日本は製造業の国だった。加工貿易の国だった。そしてそれは昭和が終わり平成になって、サービス業に従事する人々が増えてからも続いた。
 日米貿易摩擦の火種となり、世界の警察たるアメリカを震え上がらせたのは日本の自動車産業であり家電産業だった。だが、その二つとも、需要の集中を図る余計な政策により壊滅してしまう。平成21年、国はエコカー減税制度を制定。制度自体は今も続くが、このときは3年間の時限立法と称して、既存の車両からハイブリッド車に代表されるエコカーへの買い替えを推進した。
 日本には車検という制度があった。(現在ももちろんある)この車検という制度、新車購入から数年、さらにそこからは2年あるいは1年おきに車検を受けることが義務付けられた制度。この制度、手放しで賛成できるわけではないが、少なくとも日本の自動車産業の繁栄には一役買っていた。なぜならこの車検時を車の買い替えの契機とするユーザーが一定数いたからだ。メーカーの方もよくしたもので、そこにあわせて各車種は4年に一度フルモデルチェンジが実施され、2年に一度マイナーチェンジが施されていた。「どうせ車検に出してお金がかかるなら、新しいモデルに……」と一定のサイクルでの買い替え需要が発生していた。一度でも商売を営んだことのある人ならおわかりだろう。商売を長く継続するために重要なのは瞬間風速ではなくコンスタントな需要の継続であるということを。
 一時に需要が集中してもさばききれない。また日本では正規に雇用した者は合理的な理由なく解雇できない。となると工場にしろ販売店にしろ社員と呼ばれる労働者にしろ、常に一定量の需要と仕事があるのが望ましい。たとえ少なくともコンスタントに需要が存在すれば企業は維持できる。一方でたとえ数年分のロットであっても一時に需要が集中し、その後はすっからかんとなるのではどうにもならない。エコカー減税制度はまさにこれを人為的に起こしてしまったとすら言える。
 日本は独立した民族資本の自動車メーカーが二桁近く存在するという世界でも例のない自動車大国だった。さすがに自動車メーカーは簡単にはつぶれはしなかったが、国内需要が減ったことで、多くの生産拠点は海外に移された。また海外資本を受け入れたり、国内メーカーの傘下に入るメーカーもでてきた。

 同じことは家電産業にも起こった。平成21年に導入されたエコポイント制度である。特にアナログ放送から地上波デジタル放送に変わるテレビを中心に、期間を限定し、より省電力の家電に買い替えを行った場合に商品券などに交換できるエコポイントを付与する制度が導入される。これによりテレビなどは品薄になるほど需要が集中した。ちょうどまさに今、ふるさと納税に際し、特産品ではない返礼品を用意することで、多くの寄付金を集める自治体が官庁から問題にされているが、なんてことはない、自分たちも同じような制度を設けていたのである。
 そもそもまだ使えるものを無理やり買い替えさせ、大量の大型不燃ごみを創出することのどこがエコなのか、私には既にそこから理解できないのだが、この制度の弊害はそんなところにとどまらなかった。
 テレビというのは本来は耐久消費財である。耐久消費財というのは場合によっては十年近く使用するもの。それゆえに消費者も数万あるいは十数万という金額を投じるものだ。
 それまでテレビの買い替え需要というのは、個々の家庭、いやそれどころか個々のテレビによって異なっていた。当たり前である。テレビが壊れる時期、買い替えの動機など、テレビによって人によって異なる。ゆえにテレビは毎年売れる。ロットは大きくなくとも毎年確実に買い替え需要はある。が、エコポイント制度は一億総買い替えを創出。その結果、そこから数年間はテレビの買い換え需要は発生せず。もちろんこれだけが理由ではないが、このことは家電メーカーを苦しめたのは間違いないだろう。ほんの数年前まで日本には世界的な家電メーカーが多数存在した。ソニー 松下 日立 東芝 三菱 サンヨー シャープ……。それが今では商品によっては海外メーカーを視野に入れなければ選択肢すらないことも。ああ集中である。

 業界再編による集中もひどかった。メガバンクが誕生したのはよい。しかし地銀の殆どが赤字に転落って。コンビニや外食、家電量販店などのフランチャイズチェーンの展開は、地方においても安心感ある消費を可能にしてくれた。が、一方で個人商店の衰退消滅を招いている。いまや学習塾だの美容室だのにもチェーン化、フランチャイズ化は広がりを見せており、チェーンがないのは病院診療所くらいだろう。もっともそれとて診療科目によっては既にチェーン化されている向きもあるが。
 地方に住む人にとってのテーマパークがイオンに代表されるような大型ショッピングモール。店舗やアミューズメント施設が一箇所に集中していることで、地方においても便利かつ豊かな生活が可能になっている。が、言うまでもなくそれは供給の単一化を招いており、また地場のそれらの施設を圧迫、あるいは消滅させた一因になった。撤退後の恐怖もある。

 民意すら集中が図られた。小選挙区比例代表並立制の採用。これにより民意は極端にデフォルメされ、右も左も保守もリベラルも革新も、よくもここまでと思わずにはいられないほど集中状態。ハッピーマンデー制度は観光需要を集中させ、民主党政権下で行われた高速道路無料化も休日の移動を困難にした。

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後藤 武士

ごとう たけし

平成研究家、エッセイスト。1967年岐阜県生まれ。135万部突破のロングセラー『読むだけですっきりわかる日本史』(宝島社文庫)ほか、教養・教育に関する著書多数。


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