|#02 『怪異を起こす椿・牡丹』

 
某神社の牡丹園。美しすぎる花園にはこの世ならぬものも惹かれるのだろうか。

 もっとも樹の種類によっては死体は生長の阻害になるらしい。柳田國男は『遠野物語』にこんな話を載せている。

《栗橋村字早栃(わせとち)という処には、実を結ばぬ小柿の木がある。昔源平の戦があって、多くの人がここで討死をした。その屍(むくろ)を埋めて塚の上に栽えたのがこの柿の木であったという。それでその人々の霊によって、花は咲いても実がならぬのだと伝えられている。》

 この柿の木はとくに悪さをするわけではないようだが、中には人を誘い命を奪う妖花もある。
 山形の城下にあった椿の古木は美女に化けて人に近づき、息を吹きかけて蜂に変えたという。蜂にされた者は椿の花に誘い込まれ、そのまま命を吸い取られるのであった。
 浅井山井が正徳6年(1716)に著わした随筆『四不語録』には、山中の牡丹畑で旅人が妖女と出会う話が記されている。

 能登の富裕な農家で働いていた手代が加賀の城下へ所用で出かけた際、その帰り道の山中で思いがけず牡丹が咲き誇る場所に出た。
 すでに晩春のことで牡丹が咲くには遅い季節であったし、このあたりに牡丹畑などあるはずもなかったので、怪しんで近寄らないでいるべきだったのだが、生来の花好きであった手代は足を止めて眺め入っていた。
 ふと気がつくと、向こうの山裾から女が近寄ってくる。はっとするほどの美人で着物も雅なものを身につけているので、どうしてこのような山中にいるのだろうといぶかしんでよくよく見てみると、どうもその女は宙を踏んで歩いているようだった。
 手代が「これはきっと狐狸のたぐいに違いない、たぶらかされないように気をつけねば」と思い注意していると、女は彼に向かってこう言ってきた。

「その花を一枝、折ってくださいな」

 手代が答えずにいると、女は二度、三度同じことを言ってきた。そこで手代は、

「この花は私のものではありませんから差し上げることはできません。欲しければ持ち主に頼んでください」

 と言い捨ててその場を離れようとした。
 すると、女は手代のすぐ間近にまで寄ってきて、「何とぞ一枝くださいませ」と言った。
 その顔を見るとぞっとするものに変貌していた。「あっ」と叫ぶ間もなく、彼は意識を失っていた。
 それからしばらくして、手代は谷間で倒れているのを近在の木こりに発見された。彼が歩いていた街道筋からは7、8町(約7~800メートル)ほども下であった。
 手代は死んだようになっていたが治療の甲斐あって息を吹き返し、ことの子細を村人に話したという。

 実に謎めいた話だ。牡丹の花を所望した〝美女〟はいったい何者だったのだろうか?
 牡丹の精だとしたら、どうして旅人に花を手折らせようとしたのか。あるいは花好きの妖怪であったのか。手折れば妖怪であっても命を失うような霊木であったので、身代わりに手折らせようとしたのか。
 歌舞伎の「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」では桜の精が謀反人と戦うが、この手代も実は将軍暗殺を計画した大悪人――というわけでもなく、妖女の目的は謎のままだ。