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インフレになって何が悪い?:中野剛志「奇跡の経済教室」最新講義第4回

中野剛志「奇跡の経済教室」最新講義

 

■むしろインフレにならなくて困っているのでは?

 

 というわけで、財政赤字はどこまで拡大できるのかと言うと、高インフレになる前までということになります。そうすると、日本は20年以上にわたりデフレ、もしくはディスインフレの状況にあるわけですから、これまでの日本の財政支出は多すぎたのではなく、むしろ少なすぎたということになります。もっと極端なことを言えば、インフレ率が財政支出の上限を決めるということは、「デフレ下では財政支出の限界はない」ことになります。

 例えばコロナについて考えましょう。ただでさえデフレのところに、コロナで行動が制限されていて、政府も「自粛しろ」と言っている。そうなると消費を拡大しようもないわけですから、インフレになりっこないですね。「新しい生活様式」とか緊急事態宣言で強引にインフレ率を抑えているわけですから。実際、デフレになっています。

 だとすると、今、コロナ禍で苦しんでいる人たちを助けるための財政支出の限界は、ないということになります。

 このように説明すると、「インフレというものは制御不可能だ」と反論する人がすごく多い。けれども、民主主義の先進国において、財政支出の拡大が止まらなくてインフレが制御できなくなった国なんて、一つもありません。

 日本だけがデフレですが、それ以外の民主主義の先進国ではマイルドなインフレが続いています。その国々の中で、インフレが止められなくなっている国ってあるでしょうか。ありませんね。なぜかというと、ハイパーインフレになったら国民生活がグチャグチャになりますから、ハイパーインフレを起こすまで財政赤字を拡大するような政府は、国民の支持を得られず、政権を維持できません。当たり前です。

 逆にハイパーインフレみたいな事態を起こしてしまったのはどういう国かというと、例えばジンバブエみたいに独裁者が滅茶苦茶やったような国です。

 あるいは、戦争ですね。第一次世界大戦後のドイツや第二次世界大戦後の日本は、一時期、高インフレになりましたが、その理由は簡単です。戦争で供給能力が破壊し尽されたところに、復員兵が戻ってきて需要が急に増えれば、供給不足でハイパーインフレになります。

 むしろ今は、労組が賃上げ要求をする力が弱くなったりとか、グローバル化で競争が激化したりとか、ロボットとかAIで労働者が置き換わったりとかしているせいでしょうか、「なんで、こんなにインフレが起きないんだ?」「なんで、こんなに賃金が下がりっぱなしなんだ?」といったことが世界中で問題になっているわけでして、これは日本も同様です。インフレが止まらなくなることを心配するような時代ではない。むしろ、「なんでインフレにならないんだ?」ということをみんな心配している世界になっているのです。

 

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中野 剛志

なかの たけし

評論家

1971年、神奈川県生まれ。評論家。元京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治思想。96年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。01年に同大学院にて優等修士号、05年に博士号を取得。論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞受賞)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『日本の没落』(幻冬舎新書)など多数。


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