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児童虐待と「運命の人質」(前編)

〈平貧〉の時代(13)

■「愛情による人心掌握」への道

 もっと問題なのが、保護者が虐待を認めなかったり、転居を繰り返して関係機関との関わりを避けたりするときは、ためらうことなく一時保護や立ち入り調査を行うという方針。

 これは憲法に違反する恐れが強いのです。

 日本国憲法の第22条には、居住の自由や移転の自由が定められていますし、第35条には、国民は誰であれ、正当な理由に基づく令状がないかぎり、その住居について侵入や捜索を受けない権利を持つと記されているのですぞ。

 児童虐待根絶のためなら密告も正当化されるし、憲法の規定に違反していようと、根拠を示すことなく住居に立ち入り、子どもを親から引き離していい、この発想は正しいか?

 そこまで強硬にやらなければ救えない命もあるでしょう。

 ただし国民の自由や権利をここまで無視して構わないとなると、さらに深刻な問題が生じます。

 通告元を明かす必要がなく、資料も見せなくてよいというのであれば、そもそも本当に通告があったかどうかも分からない。

 捏造も容易なはずではありませんか。

 権威主義国や全体主義国の政府は、まさにこのような手を使って、自分たちに反対する人々を抑圧してきました。

 家族、とりわけ子どもを人質に取ってしまうことで、相手を屈服させ、従わせる次第。

 旧ソ連ではこれを「愛情による人心掌握」と呼んでいたそうです。

 断っておけば、安倍総理はじめ、現在の政府関係者が、栗原心愛さんの事件を政治的に利用したがっているとは思いません。

 主観的には児童虐待を根絶したい一心なのでしょう。

 しかし、いくら正義感に基づいた行動であろうと、悪用されるリスクが十分に想定されるルールを、その点についてロクに考慮することなく決めてしまうのは、政治のあり方として賢いとは言えない。

 早い話がヴィルトゥ不足。

「じゃあ、どうするんだ? 虐待を放置しておけというのか?!」

 そろそろ、そう言いたくなった方もいるでしょう。

 むろん、児童虐待は可能なかぎり阻止されねばなりません。

 だとしてもそれは、国民の自由をできるだけ保障する形でなされるのが望ましい。

 行政が強硬な対応に出るまでもなく、そもそも虐待が起きないというのが、一番いいに決まっているんですからね。

 そのためにはどうすべきか。

 これについては、後編で取り上げます。

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佐藤 健志

1966年東京都生まれ。評論家・作家。東京大学教養学部卒。1989年、戯曲「ブロークン・ジャパニーズ」で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞受賞。

主著に『右の売国、左の亡国』『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』『僕たちは戦後史を知らない』『夢見られた近代』『バラバラ殺人の文明論』『震災ゴジラ! 』『本格保守宣言』『チングー・韓国の友人』など。

共著に『国家のツジツマ』『対論「炎上」日本のメカニズム』、訳書に『〈新訳〉フランス革命の省察』、『コモン・センス完全版』がある。

ラジオのコメンテーターはじめ、各種メディアでも活躍。2009年~2011年の「Soundtrax INTERZONE」(インターFM)では、構成・選曲・DJの三役を務めた。


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