内戦、破壊、分断…それでもモザイク国家・レバノンは不死鳥のように立ち上がる。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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内戦、破壊、分断…それでもモザイク国家・レバノンは不死鳥のように立ち上がる。

中東のモザイク国家、レバノンの今⑥

■「ベイルートの唱和」そこに込められた願い。

 このように、自らの問題だけでも手一杯なレバノンという国だが、2011年に始まったシリアでのイスラーム国の台頭による内戦により、多くの難民が押し寄せてきた。人口600万人程度のこの国には、隣国シリアから押し寄せてきた難民が、現在も100万人以上いる。人口の6分の1に当たる数の難民が自国に
押し寄せてくるという事態は、人口127万人の日本に、2100万人を超える難民がやってくる、という規模のインパクトだ。ユニセフ(UNICEF:国連児童基金)をはじめ、多くの機関が支援活動を行っているとは言え、この国は、また一つ大きな難題を突き付けられている。

 だが、こうした辛い経験に晒され続けるからこそ、上を向く為の力が働くというのが、人間社会というもの。

 2008年、一般企業で働いていた、ミシェル・アル・サムラさんという女性が始めた “BeirutChants (ベイルートの唱和)という、毎年12月に行われる無料コンサートイベントは、2018年12月に11回目を迎えた。“United We Stand Divided We Fall” (意訳:共生は繁栄を、分裂は失墜を)、というモットーのもとに始められたこのコンサートは毎年規模を拡大し、2018年には12月1日~23日の間、ベイルートの各地で数100人~約2000人の聴衆を毎日集めて開催された。

 弦楽器、ピアノ、打楽器を基調とし、コーラス団も登場する、いわゆるクラシック音楽がメインのコンサートは、世界中から多くの著名音楽家が演奏、歌唱の為に訪れている。日本からこのイベントで舞台に上がった音楽家はまだいないとのことだが、12月23日に2018年イベントのオオトリを務めたのは、韓国人ピアニストの、チョ・ソンジンさん。

 筆者も含め、縁もゆかりもない東アジアの客人を丁重にもてなしてくれるこのイベントの関係者たちの寛容さには、敬意を表さずにはいられない。

「私たちの国・レバノンは、モザイク国家と言われていますが、過剰に多様化してしまったことが原因で、多くの悲しい争いの歴史を歩んできました。それでも、私たちは立ち上がります。このイベントは、宗教、国籍、主義主張、性的嗜好、社会的地位など、全ての分裂の元になる要素を持った人たちを、音楽を通じて一つにするのが、最大の目的です。多くの傷跡と問題を抱えた社会に見えるかも知れませんが、私たちは、必ず立ち上がります」

 このイベントを現場で毎日管理していたアイシャ・ハブリさんは、当然疲れているはずだろうが、そんな事も感じさせないような笑顔で話してくれた。辛い歴史を歩んできたからこそ、立ち上がり、笑顔を見せる。世界中のどの国の人から見ても、この国には、学ぶものがあるのではないだろうか。

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竹鼻 智

たけはな さとし

1975年東京都生まれ。明治大学経営学部卒、Nyenrode Business Universiteit(オランダ)経営学修士。2006年より英国ロンドンに在住。ITコンサルタントとジャーナリストのフリーランス二足の草鞋を履きながら活動し、「ラグビーマガジン」(ベースボールマガジン社)、「Number」(文藝春秋)、「週刊エコノミスト」(毎日新聞社)へのコラム執筆など、現地からの情報を日本へ向けて発信。BEST T!MESでは、イングランド代表HC、エディー・ジョーンズ氏の連載「プレッシャーの力」の構成を担当。


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