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| 著 者 |
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小谷野 敦 |
| 定価(税5%) |
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\790 |
| ( 本体価格 |
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\752 ) |
| 判 型 |
: |
新書 |
| 刊 行 年 |
: |
2010.01.08 |
| ISBNコード |
: |
978-4-584-12264-8 |
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大学を離れて一年ほどたって、子母沢寛の『勝海舟』を読んでいたら、もはや大学は、幕末の幕府のようなものだ、と気づいた。 ペリー来航から十五年で幕府は瓦解し、それどころか武士の特権すらなくなっていく。 今や、大学の人文系学部とか、人文系の学者などというのは、この幕府とか武士のようなもので、おそらく五年から十年たてば、まず弱小私立や地方国立大あたりから、文学部がメディア学部に名前を変えるなどという弥縫策ではなくて、本当に大学は倒産し、残ったところでも、もう文学研究の人など要りません、ということになり、文学研究の本など出なくなるだろう。(略) もうこれは、泣こうが喚こうが、(人)文学研究がいかに大切か力説しようが、社会が必要としていないのだから仕方がない。 久米正雄の「純文学余技説」が示すように、純文学や文学研究は、今後は、ほかに仕事を持つ人の趣味、余技としてしか存在しえなくなるだろう。 (「あとがき」より)
≪目次≫
まえがき
第一章 寄生する文学研究者 ●「学士会」という不思議な組織 ●漱石は「東大非常勤講師」である ●学歴のない露伴 ●名が残る学者、小説家を諦めた学者 ●小説を書く学者 ●文学研究者の悲哀 ●文学者のふところ具合 ●大学を辞めた人々 ●「文学評論家」は何で食っているか
第二章 大学内のさまざまな奇妙 ●『唯野教授』には東大が出てこない ●文学研究者は文学部にいるとは限らない ●「著者など出さないのが本物の学者」と考える人々 ●文学研究が衰退する理由 ●中沢新一事件と「ニュー・アカデミズム」の幻想 ●雑用を生き甲斐とする教授たち ●学会は発表を聞くところではない ●終身雇用制の日本の大学
第三章 誰が為に文学部はある ●不良債権としての文学研究 ●「文学研究」で生計をたてた人など昔はいなかった ●「文学部」は一流大学にだけあればよい ●一九九〇年代大学改革の大失敗
第四章 東大文学部研究白書 ●東大文学部の歴史 ●蟻二郎の「私怨」 ●東大英文科の迷走 ●東大仏文科の光と影 ●東大独文科の暗鬱 ●手塚富雄のある逸話 ●芳賀檀の怒り ●東大露文科の光と影 ●国文学の窮地 ●「ポスコロ、カルスタにあらずんば論文に非ず」 ●女は入れない東大国文科 ●「貴族」の研究所 教授 ●批判が正しくても異端になる
第五章 東大人文学者総ざらえ ●旧制第一高等学校 ●地味な教授たち ●東大比較文学の光と影 ●東大国史学科の華麗なる人々 ●阿部謹也は偉い学者か?―西洋史 ●美術史学科の栄光 ●京都学派の夢の跡
第六章 文学部、残酷物語 ●京大の沢井繁男博士号拒否事件 ●林道義、中島義道の過去 ●東大駒場の中山茂事件 ●漱石の不快
あとがき 人名索引
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小谷野 敦(こやの とん)
一九六二年、茨城県生まれ。本名読み「あつし」。比較文学者、作家。 「禁煙ファシズムと戦う会」代表。東京大学英文科卒、同大学院比較文化専攻博士課程修了、学術博士。主な著書に、『もてない男』(ちくま新書)『反=文藝評論 文壇を遠く離れて』(新曜社)、『すばらしき愚民社会』(新潮文庫)、『聖母のいない国』(青土社、サントリー学芸賞受賞、その後河出文庫)、小説に『非望』『童貞放浪記』(幻冬舎)ほか多数。 近著に『「こころ」は本当に名作か』(新潮新書)、『東大駒場学派物語』(新書館)、小説『美人作家は二度死ぬ』ほか多数。編著に、『翻訳家列伝101』(新書館)がある。
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