様々な宗教、政治的理念、更には貧富の格差を抱えた人々が一つの国に暮らす、モザイク国家・レバノン。社会的上層部に属する一部の層が、国内の政治やビジネスの大部分を牛耳っているかと思えば、その反対側には、貧困層による全くの別世界が存在する。「貧民街出身のイスラム教徒」というバックグラウンドを持つ少年に話を聞いた。

■ファタハの拠点。そこにあった“希望”

 

 ボルジュ・アル・ブラジナ、というベイルート郊外の地域にある、貧しい街で生まれたアミールさん(仮名)。レバノンに多数存在する「社会的モザイク」のなかで、「貧民街出身のイスラム教徒」というバックグラウンドを持つ。まだ19歳の少年だが、これまで歩んできた人生ゆえなのか、非常に大人びて、達観した世界観を感じさせる。

 現在はベイルートの中心部で、宿泊施設の管理や、バイクの修理や部品調達など「街の便利屋」として安定した生活を送るアミールさんだが、生まれ育った環境は、非常に厳しいものだったという。

 アミールさんが生まれた街では、多くの住民が定職を持つことができず、あらゆる手で日銭を稼ぎ、必死に生きている。そしてこの地域には、1970年頃からレバノンに活動拠点を移している、「ファタハ」というパレスチナ系の政党(1957年にヤセル・アラファトにより創設。軍事力を保持し、国際社会からはイスラム原理主義テロ組織として認識される)の拠点がある。

 ここで言う“拠点”、とはどういうものなのかを簡単に説明すると、地域で運営される、事実上の“自治共区”と言える。具体的には、飲食店や日曜雑貨店などの小売店舗が50〜60件程度あり、それと同じくらいの住宅地が存在する、賑やかな田舎の商店街だ。“キャンプ”と呼ばれるこのファタハ自治区だが、テントなどの仮設設備ではなく、通常の商用ビルが並ぶ、一見ごく普通の、中東の賑やかな商店街といった趣だ。

 ここでは、学校や病院を始めとして、電気や水道などの生活インフラまでもが無料で提供される。周辺の貧民街の住民は、日用雑貨の購入や、学校や病院などの公共サービスを受ける為に、地域の繁華街としての役割を果たす、このキャンプを日々訪れる。更には、キャンプで安定した有給の仕事を得ることは、両親を含めた家族を養う上で最も有効で現実的な道であり、多くの若者にとって、希望のキャリアとなる。田舎街出身の若者が、地方都市へ上京して就職するようなイメージだろうか。

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