■良いことばかりではなかった稲作伝来

 大陸からもたらされたのは良いことばかりではありませんでした。それまで日本列島になかった病気が入ってきたのです。その代表が結核で、縄文時代には存在せず、弥生時代に稲作とともに日本に侵入したとされています。

 進行すると背骨に感染が広がって骨の変形が起きるため、発掘された骨を見て、結核にかかっていたとわかることがあります。古墳時代の遺跡からは結核に感染したあとのある骨が多く見つかっており、弥生時代に伝わった結核が、この時期までに日本に根づいたと考えられます。古墳時代にあたる3世紀から7世紀にかけて、東アジアは気温が低く、雨の多い気候が続いたようです。このことも結核の蔓延に手を貸したかもしれません。

 また日本人は、同じように結核菌と接触しても、他の人種より結核を発症しやすい遺伝子を持つ人が多いと考えられています。医学が進んだ現代でも、日本は結核の発症率がアメリカの5倍高く、毎年約1万8000人があらたに結核と診断され、約1900人が命を落としています。弥生時代のある日、日本に入ってきた結核菌が、今も私たちを脅かしているのです。

 

 結核の他にも、天然痘、赤痢、麻疹、インフルエンザなど多くの病気が海外からもたらされました。明治時代にはコレラやペストが、近年でもエイズ、新型インフルエンザが海を越えて入ってきています。21世紀のこんにちも、鳥インフルエンザ、中東呼吸器症候群(MERS)、エボラ出血熱などの新しい感染症に対する監視が水ぎわで続けられているのはご存じのとおりです。

 稲作の普及にともなう、もう一つの問題は、水田を作るのに適した湿地の周辺に人々が移住したことで起こりました。水田や湿地に住む小魚、貝、蚊などを介して寄生虫に感染しやすくなったのです。日本を含むアジアで古代から広く発生していたのが日本住血吸虫症でした。病名に日本とついているのは、明治時代に日本の研究者が住血吸虫を発見し、この虫が病気の原因だと突き止めたからです。

 住血吸虫の幼虫は田んぼや小川の浅瀬に住む小さな貝に寄生して、暖かくなると水中に泳ぎ出し、水に入った人や動物の皮膚から侵入します。慢性になると肝臓に卵の固まりができ、肝硬変になって死亡するおそろしい病気で、近年まで無数の人を苦しめました。20世紀になって、問題となる貝の駆除に国をあげて取り組んだ結果、1970年代後半以降、日本国内でのあらたな発生はありません。しかし、アジアの一部の地域ではいまだに感染が見られるため、旅行の際は注意が必要です。

(連載第3回へつづく)