江戸時代に遊郭が設置され繁栄した吉原。その舞台裏を覗きつつ、遊女の実像や当時の大衆文化に迫る連載。

■遊女の自殺を常に警戒

 妓楼にとって、一番の痛手は、年季途中の遊女に自殺されることだった。とくに、客の男と心中されるのは最悪の事態だった。

 妓楼にとって、遊女は賃金を親などに前払いすることで仕入れた商品である。年季途中で自殺、あるいは心中されては、投資した大金を回収できないことになる。
 また、妓楼内に血が流れるので、当然、あちこちがよごれる。部屋の改装や、調度品の入れ替えもしなければならない。
 さらに、遊女の幽霊が出るなどという噂が広がれば、客足も途絶えてしまう。
 まさに、妓楼にとっては踏んだり蹴ったりである。

写真を拡大 図1『跡着衣装』(十返舎一九著、文化元年)

 図1は、間夫(恋人)の幸二郎が18歳ではかなくなったのを知り、遊女の関川が世をはかなんで、剃刀で首筋を切って死のうとしたところである。

 遣手は関川の異変を察し、それとなく監視していたため、すぐに気づいて、現場に飛び込んだ。

 前述したように、妓楼にはプライバシーはない。間夫が死んだ噂もすぐに伝わるし、関川の精神状態が普通でないのも、遣手や若い者はすぐに察知していた。「関川さんの様子が普通じゃないよ。目を離さないように」というわけである。

 図1では、遣手が、
「これ、待たなんし」
 と、いだきとめる。

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