■居続け、後に結婚する例も

写真を拡大 図2『道具屋十七兵衛』(三巴亭著、文政元年)

 図2も、居続けの光景である。
 男が、
「蒲焼を取りにやろうか」
 と、鰻の出前を頼もうとした。
 遊女はやはり男に無駄遣いをやめさせ、禿に命じて漬物を用意させた。
 ところが、禿がこう言う。
「おいらんへ、菜漬けにカビが生えんした」 

 遊女は、世帯のやりくりもできる堅実なところを見せようとしたのだろうが、かえって馬脚を現してしまったといおうか。

写真を拡大 図3『松の花』(松亭金水著)
 

 図3では、遊女が男のために、かいがいしく鍋で料理を作ってやっている。
こうした姿を見ると、男は去りがたくなる。つまり、居続けである。

 もちろん、居続けをしていると、支払額は雪だるま式に増えていく。そのあげく、親に勘当される男は少なくなかった。
 しかし、逆の例もあった。

『山東京伝一代記』(山東京山編)によると、戯作者の山東京伝は、弥八玉屋の玉の井という遊女のもとに居続けし、家に帰るのは一カ月のうち四、五日に過ぎなかった。しかも、こんな状態が数年、続いた。

 だが、自堕落なようにみえて、京伝は一日の出費は金一分と決め、それを守った。倹約するところは倹約して、堅実な居続けをしていたのである。

 いっぽうの玉の井も、京伝に祝儀をせびったりはけっしてしなかった。

 後、京伝は玉の井を妻に迎える。

 吉原に居続けとはいいながら、京伝は玉の井と数年のあいだ、なかば同棲生活を送り、性格を見きわめた上で結婚したと言えよう。