江戸時代に遊郭が設置され繁栄した吉原。その舞台裏を覗きつつ、遊女の実像や当時の大衆文化に迫る連載。

■男たちは「居続け」る

『みいらとり』という古典落語がある。

 商家の若旦那が吉原の妓楼に登楼したが、そのままいっこうに家に帰ってこない。妓楼に居続けをしているのだ。

 そこで、旦那に命じられて番頭が迎えに行ったが、そのまま帰ってこない。「みいらとりがみいらになる」だった。

 そこで、今度は、出入りの鳶の頭を派遣するが、頭も帰ってこない……

 落語だけに特有の誇張があり、笑い話に仕立てている。木乃伊とりが木乃伊になるのは極端としても、居続けはよくあることだった。

 図1で、男が居続けになる状況を見ていこう。

写真を拡大 図1『団扇張替』(礫川南嶺著、文政4年)
 

 図1の男が手にしているのは房楊枝。房楊枝は、いわば歯ブラシである。禿が持参したのは、口をすすぐ水。

 つまり、遊女と床を共にした、翌朝の光景である。男は朝帰りをするつもりだった。

 ところが、急に激しい雨が降り出した。やむなく男は妓楼にとどまったが、やがて昼食の時刻となった。

 男が気を利かせて、鰻の出前を頼もうとしたところ、遊女が言う。

「無駄なことは遠慮なく止め申しいすから、そのつもりで付き合っておくんなんし。お昼のおかずは、あっちがいい物をあげんす」

 なんと、遊女は無駄遣いをやめさせ、昼食のおかずは自分が準備すると言った。これを聞き、男は胸がジーンとなったであろう。

 まるで夫婦、あるいは恋人同士のように昼食を共にし、さらには夕食も共にして、そのまま泊まる。

 まさに、これこそ吉原の遊女の手練手管だった。

 かくして、居続けとなる。

次のページ 居続け、後に結婚する例も