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日本人こそ市民がピストルを持つべき?

丸山眞男の提言。失われたコミュニティーの自己統治

■個人が武装する権利と民主主義の関係

 アメリカの合衆国憲法修正第二条は「よく規律された民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し携帯する権利は、これを侵してはならない」というものである。アメリカの独立革命は、植民地で自治を行い武装して自衛を行ってきた一般民衆によって成し遂げられた。だから、人民が武装する権利は、自由と民主主義の根幹だとする考えが今でもアメリカでは根強く抱かれ続けている。数多くの乱射事件や銃による殺傷事件が発生しても、アメリカで銃規制が進まないのは、この考え方の影響によるところも大きい。

 ホッブズ(1588~1679)は著書『リヴァイアサン』(1651)で「自然状態」から「社会契約」が導かれる道筋を論じた。自然状態とは中央に強力な主権を持った政府が存在する前の、原始時代のような無政府状態のことを意味する。そして、人々は自分の身の安全を守る権利を「自然権」として与えられており、自らを守るために時に傷つけ合い、殺し合うほどの「戦争状態」が生じるとした。人々が社会契約によって強力な主権を持つ政府に服従するのは、身の安全を守るという本来の目的を主権によって維持される秩序の下で実現するためである。

 同じく社会契約を論じたロック(1632~1704)も、社会契約の目的は人々の安全と財産を守るためであると考えたが、それを裏切るような暴政を布く政府に対しては抵抗しても良いと考えていた。

 このように、近代西洋において確立された基本的権利は、国家が成立するより前に、最初から人々が持っていたとされている。つまり、権利は国家によって初めて与えられたものではなく、始めから個人が持っていた権利を守るために国家が必要とされたと考えられているのである。 

 一方、日本では市民が武装して革命を起こし、個人の権利を守るために近代国家が成立したのではない。明治維新は武士階級によるクーデターだったし、戦後日本の制度の大部分はGHQによって基礎が作られた。日本の一般市民にとって、権利とは国家が成立する前から個人として持っていたものではなく、国家によって初めて与えられたものなのである。丸山が指摘したのは、この点についてであろう。

 今回引用した丸山の文章が発表されたのは1960年3月、いわゆる「六十年安保」の直前の時期であり、政府に対して個人の意識を守るために抵抗する意識がなかなか高まらない状況に対して、苛立つ思いが込められているのかもしれない。あるいは、短い文章なので、思いついたことを気楽に書いただけとも考えられる。

 だが、いずれにしても、西洋が近代化を進展させていく時期に日本では自治共同体における自己統治の習慣が失われていき、明治以降になって近代的な社会制度だけが輸入されて与えられたことで、その制度を使いこなせずにいる日本の問題点を上手く突いた文章となっているのではないだろうか。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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