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日本に民主主義が根付かないのは「敬語」のせい?

消えることなく維持されている「階層制度」

■「敬語」にまつわる礼節の文化

 それは、「敬語」を中心とした、人と人との関係性における上下関係を重んじる礼節についてである。

 

 日本社会では、人と接する時、常にどちらが目上でどちらが目下であるかということを気遣うことがマナーとされる。もちろん、世界中どこでも、相手に対して敬意を表すことは道徳的慣習として共通である。ただ、日本ではどちらが目上でどちらが目下であるかということを、複雑に体系化された敬語を用いることで表現する。人と人との関係性において、平等よりも上下関係を重視する考え方が言語のレベルで慣習化されているのである。

 現代でも、会話する時やメールの文章を書く時、相手との関係性によって言葉遣いが変わる。学生時代には先輩・後輩の関係性が重視されるし、卒業後何年も経ってもずっとその関係性が引き継がれる場合も多い。会社では上司・部下の階層制度の中で自己を位置づけ、上手く立ち回っていかなければならない。

 人間は世界の大部分を言語によって理解する。言語は人間の思考を司る。だが、言語は世界共通ではなく、それぞれの人が生まれ育った文化に特有の様式によって成り立っている。

 ある人が見ている世界は、その人が日常的に使っている母国語の世界観を通して解釈される。ある人の価値観、倫理観は、母国語に特有な様式によって形成されていく。だから、日本では敬語という言語的慣習を通して、人々は常に、お互いが平等な関係性にあるのではなく、目上と目下という階層的な関係にあることを意識し続けることになる。

 もちろん、敬語という言語的慣習は決して悪弊ではなく、礼節を重んじる美徳である。問題は、上下関係を重んじる慣習が土壌として存在する日本社会において、平等の慣習を前提とする民主主義が、いかにして適用されるかということであろう。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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