■便所の落書きは消すもの

 小川が『新潮45』に書いた「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」は、文字通り便所の落書きである。

 主張が正しいとか間違っているという以前に、事実関係も間違っているし、日本語も論理展開もおかしい。本文には「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが、性の平等化を盾にとったポストマルクス主義の変種に違いあるまい」とあるが、要するに小川は詳細も知らず、調べもせずに原稿を書いたのだ。「詳細を知らない」のに「違いあるまい」って頭の中、どうなっているのか?

 小川は『Hanada 』(2017年3月号)でも、電通の女子社員自殺問題について、「私はこの事件をよくは知らない。いまも、実はあまり詳しくは知らずにこれを書いている」と述べながら、被害者や遺族をバッシングしていた。

 小川は塾で小論文を教えていたという情報もあるが、たとえば「上田秋成の本居宣長批判について述べなさい」という問題があったとして、生徒が「本居宣長について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもないが……」と書いたら、何点つけるのか?

 要するに論外。公の場所にものを書いてはいけない人間である。

 小川の記事がネットで批判を浴びるようになると、ネトウヨが「文章の一部を切り取って判断するのではなく、全文を読むべきだ」と言っていたので、全文を読んだが、最初から最後までゴミだった。

 論理展開も支離滅裂。冒頭で「性的嗜好など見せるものでも聞かせるものでもない」と書いておきながら、「私の性的嗜好も曝け出せば、おぞましく変態性に溢れ、倒錯的かつ異常な興奮に血走り、それどころか犯罪そのものでさえあるのかもしれない」と述べる。『夕刊フジ』(2018年7月9 日)には、「狂気のセクハラ概念に付き合う気など寸分もない私は、今日も女性の尻を追いかけ、口説きに、夜の巷に消えようと思う」などと書いていた。それこそ小川のおぞましく変態性に溢れた性的嗜好など、「見せるものでも聞かせるものでもない」。

 文章は幼稚かつ低劣。書き写すのにも吐き気を覚える。
「LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである」

 ふざけるな。こういうバカがいるから、まともな保守も同類に見られる。田舎のヤンキーでも、便所にこのレベルの落書きはしないだろう。

 

「満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。彼らの触る権利を社会は保証すべきではないのか。触られる女のショックを思えというのか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく」

 LGBTと痴漢を並べて論じるなど、そもそも話にならない。

 精神保健福祉士の斉藤章佳は、「痴漢とは被害者がいる性暴力であり、その問題と、LGBTをめぐる議論はまったく土俵が違います」と指摘。また、痴漢を繰り返す行為は「脳由来の症状」という小川の主張も事実ではないと退けた。

「痴漢などの性暴力は、加害者が社会の中で学習して引き起こされる行動で、脳の病気ではありません。痴漢加害者は、時と場所や相手、方法を緻密に選んで痴漢行為を行います。泣き寝入りしそうな相手を選んで行動化しているんです」

「時間をかけて正しい治療教育を受けることで、痴漢を繰り返してしまう人から、痴漢をやめ続けることができる人になっていきます」

 小川にも時間をかけた治療が必要なのではないか?

『新潮45』の特集が騒動になった直後、私はあらかじめ《自称文芸評論家の小川榮太郎が「言論の自由があ」とか言い出す可能性があるので、先に言っておく。「公道にクソを垂れ流す自由」なんてないんだよ。クソ野郎が。。》とツイートしておいた。

 繰り返すが、どのような立場からの発言にせよ、言論の自由は守られるべきである。気に入らない原稿が掲載されたからといって、出版社を批判するのも的外れだ。言論には言論で対峙しなければならない。

 しかし、公衆便所の壁に「おまん◎してえ」とか「チ◎◎舐めろ」と落書きがしてあったら、掃除係の人が拭いて消す。「おまん◎してえ」「チ◎◎舐めろ」というのは言論ではない。落書きは、反論するものではなく、消すものである。

 小川は「私の一文は便所の落書きではありません。一字一句考えぬかれたものです」と反論していたが、一字一句考えぬいて落書きしたらしい。
「窓割れ理論」をご存じだろうか。軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論である。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した。

 ニューヨークでは、この理論に基づき、徹底的に地下鉄の落書きを消した結果、凶悪犯罪が激減した。

 落書きを放置しておくと、社会はどんどん荒んでいくのである。

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