母の入院で、嫌いだった『NHKのど自慢』が楽しめるように。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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母の入院で、嫌いだった『NHKのど自慢』が楽しめるように。

【隔週木曜日更新】連載「母への詫び状」第二十五回

■病院通いの日々で、記憶に残っている『NHKのど自慢』

 順に日を追うならば、ここから母の闘病生活、抗癌剤治療が始まるのだが、楽しい話にはなりそうもない。

 介護施設に入った父と、再び長期入院することになった母。どちらを優先して、顔を出すべきなのか。いずれにしろ見守るだけで何の役にも立たないという無力感がつのる中、当時は何をしていたのか、日々の中身を詳しく思い出せない。

 ひたすら母が入院する病院に通い続けた。覚えているのはそのくらいだ。

 母は一時期、身体を起こすことも許されない寝たきり状態だったので、自分でご飯を食べられない。昼食の時間と、夕食の時間に病院へ行き、ご飯を食べさせてあげる。終わったら一緒に病室のテレビを見ながら、とりとめのない話をする。毎日がこの繰り返しだった。父のことは施設に任せた。

 そんな病院通いの日々で、記憶に残っているテレビは、日曜お昼の『NHKのど自慢』である。これほど日曜お昼の病室の風景に似合うプログラムはない。

『のど自慢』には、「田舎」や「家族」の良いところと面倒くさいところを、凝縮して詰め込んだような匂いがする。流動性のなさから生まれる過剰な人間関係、血縁のつながりの濃さ、土着的な文化や、昭和の面影……。

 番組はその町の紹介VTRから始まり、なんてことのない自然の豊かさや特産品がクローズアップされると、妙に元気のいい出場者から歌が始まる。あれを不自然な笑顔、よそ行きのはしゃぎっぷり、素人さんの痛さなどと言ってはいけないのだろう。後ろに並ぶ他の出場者もみな明るく手拍子をしながら応援して、鐘がカーンと鳴ると、ずっこける。

次のページ最初の頃は生理的に受け付けなかった

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夕暮 二郎

ゆうぐれ じろう

昭和37年生まれ。花火で有名な新潟県長岡市に育つ。フリーの編集者兼ライターとして活動し、両親の病気を受けて帰郷。6年間の介護生活を経験する。



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