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世界史上例がない外交敗北を期したアメリカ

戦争勢力の暗躍と、乗っ取られたホワイトハウス シリーズ!日本人のためのインテリジェンス・ヒストリー⑥

満洲事変、シナ事変と中国大陸を巡って日米両国が対立し、ついに日米戦争に発展してしまった――。こういった歴史観には致命的な欠陥がある。日米開戦を引き金を引いたのはソ連だ。 江崎道朗氏が著書『日本は誰と戦ったのか』の中で展開するインテリジェンスヒストリー。

■アメリカはなんのためにドイツと戦ったのか?

 

 ヤルタ会談の議題を、『スターリンの秘密工作員』(前掲)に従って大まかな項目として挙げるとこうなります。

・どこに国境を引くか
・どの地域・どの資産を誰が取るか
・それらの決定によって、人民をどこに動かすか
・どの政治勢力がどこを治めるか
・どのような形態の統治になるか(自由主義か共産主義か)
・戦争を防止し、正義を保障する国際機関の創設

ルーズベルトが後継者を辞任したウッドロー・ウィルソン(左)

 国際機関創設は、第一次世界大戦後、国際連盟を提唱したアメリカの大統領ウッドロー・ウィルソンの後継者を自認するルーズヴェルトにとって重要な課題でした。

 ウィルソンは国際連盟創設を自分が提案したにもかかわらず、連邦議会の承認が得られなかったため、加盟できませんでした。ウィルソンが果たせなかった構想を実現することがルーズヴェルトのレガシー(伝説)作りとして重要でした。

 政治家の多くは、自分の実績を作ることで、偉大な指導者として後世に語り継がれるようになりたいという「名誉欲」が強いのです。言い換えれば、自分の業績を傷つけるような「失敗」はなんとしても隠蔽しておきたいと考えるのです。政治家のこうした習性についてはよく覚えておいていただきたいものです。

 それ以外の議題は戦後の世界地図を決める話で、具体的には特に、ドイツ、東欧諸国、中国を誰が統治するか、アメリカ主導の自由主義圏と、ソ連主導の共産主義圏のどちらに入れるのかが焦点になりました。

 そしてヤルタ会談の結果は、圧倒的にソ連の一人勝ちでした。

1950年代~1980年代の典型的なポーランドの様子、国営商店に並ぶ市民

第一に、ポーランドに対しては住民の意志とは無関係に、一方的布告・暴力・脅迫によって共産主義政権が押しつけられました。

 第二に、他の東欧諸国も次々と共産化し、これが半世紀に及ぶ冷戦の前兆となりました。ラトビア、エストニア、リトアニア、ルーマニア、ブルガリア、ハンガリー、アルバニアはソ連の支配下に組み込まれ、チェコスロバキアは数年間粘ったものの最終的には屈服し、東ドイツもソ連の支配下に入ります。こうして、ソ連型の圧政が東欧を覆いました。鉄のカーテンの向こう側で東欧諸国全部が数十年間の専制と暴力に苦しめられることになったのです。

ヤルタ会談の結果できた「鉄のカーテン」の存在を示す看板

 アジアでも、中国、モンゴル、北朝鮮、ヴェトナム、カンボジア、ラオスが共産化します。

 英米は軍事的に圧勝したにもかかわらず、第二次世界大戦後、最終的にはバルチック海から太平洋へ、さらにラテンアメリカまで共産圏が広がる結果になってしまいました。

 ソ連の歴史家ミハイル・ヘラーとアレクサンドル・ネクリッチは、会談終了までの間に「アメリカとイギリスはヤルタにおいて、ソ連帝国形成に対する事実上の承認を与えた」と述べています『権力のユートピア(Utopia in Power)』(Hutchinson, 1987, p.425)。

 これほどの外交敗北は、世界史上例がありません。

 アジアでは日本が、ヨーロッパではドイツが、ソ連の侵出に対する防波堤になっていました。この日独両国を潰せば、防波堤はなくなり、ソ連が侵出してくることは、地政学的に容易に予見できることでした。日独が潰れるということは、ヨーロッパとアジアでそれぞれソ連の膨張を抑えていた勢力が消えるということだからです。だからこそ、アメリカの「ストロング・ジャパン派」は、日本との戦争に反対していたのです。

 にもかかわらず、ヤルタ会談では、防波堤がなくなり、勢力拡大を目指そうとするソ連を抑えるのではなく、逆にソ連の勢力拡大を英米が認めてしまったのです。

 また、ヤルタ会談の結果は、英米が戦争目的として掲げた「民主主義や正義の回復」を自ら裏切るものでもあります。

 そもそも英米は一九四一年に公表した大西洋憲章で、こう宣言していたのです。

「両国は、関係する人民の自由に表明された願望に合致しない、いかなる領土の変更も欲しない」

「両国はすべての人民が、彼らがそのもとで生活する政体を選択する権利を尊重する。両国は、主権及び自治を強奪された者にそれらが回復されることを希望する」

 ところがヤルタ会談では「人民の自由に表明された願望」など全く無視し、チャーチル、ルーズヴェルト、スターリンの三人で、諸国の領土や政体を一方的に決めてしまいました。中でも、ポーランドをソ連に売り渡したのは不正義の極みでした。 

 アメリカのルーズヴェルト民主党政権にとってドイツによるポーランド侵略が対独宣戦の動機であり、ポーランドの独立回復が戦争目的だったのですが、そのポーランドをソ連に売り渡してしまったのです。アメリカはなんのためにドイツと戦ったのでしょうか。

(『日本は誰と戦ったのか』より構成)

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江崎 道朗

えざき みちお

評論家。専門は安全保障、インテリジェンス、近現代史研究。



1962年生まれ。九州大学卒業後、月刊誌編集、団体職員、国会議員政策スタッフなどを経て、2016年夏から本格的に評論活動を開始。月刊正論、月刊WiLL、月刊Voice、日刊SPA!などに論文多数。



著書に『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(PHP新書)、『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』(祥伝社新書)、『マスコミが報じないトランプ台頭の秘密』(青林堂)、『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾』(展転社)ほか多数。



 


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