NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンのシグニチャーモデルとして生まれた〈AIR JORDAN〉。誕生から30年を超え、その背景や物語を知らずにファッションアイテムの一つとして楽しむ世代も増えてきた。そんな「マイケル・ジョーダンを知らない世代」のためのエアジョーダン基礎講座として、今なお続くナンバリングを順に振り返りながら、歴史を紐解いていきたい。

第5回は、1990年発売の「AIR JORDAN 5」。
大胆なデザインで人気を博したAJ4の後継機種として登場。このモデルではファッションライクなデザインアレンジがさらに進み、リフレクター素材のタンやジャンプマンロゴ入りのクリアソールなどが目を引く。黒ベースを中心に、全米で圧倒的な人気を獲得した。

 

スピード感あふれるデザインで
ブレイクの決定だとなったモデル

写真を拡大 1990年に発売されたオリジナルのハイカット。アッパーサイドにはクリアプラスチック製のベンチレーションネットを採用。

全米でのAJ5の人気は日本にも飛び火した

 アメリカではAJ4が起死回生のヒットを記録したことで、一時シリーズ存続の危機を迎えていたAJは見事復活を果たした。前作が黒人層を中心にストリートでブレイクしたことから、このAJ5はよりブラックカルチャーを意識したデザインに仕上げられている。例えば、暗闇で光るリフレクター素材のタンは、クラブに通う黒人たちにとって一種のステイタスシンボルに。この“クールなシューズ”を求めて、全米では激しい争奪戦が繰り広げられた。それが過熱して強盗事件にまで発展したことは、当時のAJ5人気の凄まじさを物語る悪名高きエピソードともなっている。また、そうしたアメリカでの過熱ぶりが日本にも伝わることで、このモデルから日本のスニーカーフリークもAJに注目するようになったのだ。

 

 レギュラーのオリジナルカラーは、白×赤、白×パープル、白×赤(ナンバリング)、黒×銀の4色だが、中でも黒は断トツの人気を獲得。一時はデッドストックに10万円以上のプレ値がついた。また、そうした当時の人気を反映して、'99年から始まった復刻でも、まずは黒ベースからリリースが始まっている。
 なお、このモデルを履いた’89-90シーズンのMJは、レギュラーシーズンで得点王とスティール王を獲得。チームはプレイオフにも進出したが、カンファレンスファイナルでデトロイト・ピストンズに敗れ、念願のファイナル進出は叶わなかった。