NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンのシグニチャーモデルとして生まれた〈AIR JORDAN〉。誕生から30年を超え、その背景や物語を知らずにファッションアイテムの一つとして楽しむ世代も増えてきた。そんな「マイケル・ジョーダンを知らない世代」のためのエアジョーダン基礎講座として、今なお続くナンバリングを順に振り返りながら、歴史を紐解いていきたい。

第2回は、1986年発売の「AIR JORDAN 2」。
他のバッシュから独立した存在であることを示すために、AJ2はアッパーからスウッシュを廃止。さらに、その生産は高級靴で有名なイタリアで行われた。派手なAJに対し、白ベースのAJ2は上品な雰囲気に仕上がっている。

 

シリーズ唯一のイタリアンメイド。
アッパーからスウッシュが姿を消す

写真を拡大 写真は1994年に復刻されたエアジョーダン2のハイカットモデル。またAJシリーズではシューズとフックしたアパレルも企画されたが、AJ2はウエアも白だった。

AJ2を履き、その後「慣例」となる得点王を初めて獲得

 デザインを担当したのは、前作と同じピーター・ムーアとブルース・キルゴア。彼らはAJ2のオリジナルデザインとして、スウッシュのないアッパーを提案した。ただ、このデザインはAJ2だけのものではなく、同じ時期に発売されたモデル、エアバイソンにも採用された(エアバイソンはアッパーにスネーク柄を採用)。タンにはAJ1から使われているウイングロゴが入り、ナイキのロゴはヒールへと移動された。つまり、これはAJというブランドを前面に押し出した結果であり、以降のシリーズでもこの手法は踏襲されていくことになる。

 

 カットはハイとローの2タイプで、カラーはそれぞれに「白×赤×黒」と「白×黒×赤」が用意された。シリーズの中で白ベースしか存在しないのは、このAJ2のみ。しかもその生産はイタリアで行われたこともあって、このモデルにはどこかヨーロッパ的な雰囲気が漂っている。また、AJ1は他のモデルと同じデザインのナイキ箱だったが、このAJ2からは専用BOXが用意されるようになっている。
 このAJ2を履いて3年目のNBAシーズンに臨んだMJは、一試合平均37.1点で初の得点王に輝き、オールNBAファーストチームにも選出。さらに、スラムダンクチャンピオンにもなっている。