「知らないこと」に気付きもしなかった。でも答えられる、今なら。
〈独身のおっさん息子が母の介護を通して見つけた大事なもの。新連載「母への詫び状」第一回〉
自分の母親はどんな食べ物が好きなのか。これを知っている人は、どのくらいいるのだろう。
「お母さんの好きな食べ物ベスト3」を聞かれて、すいすい答えられる息子はどのくらい存在するのだろうか。
恥ずかしながら、ぼくはまったく知らなかった。母親と一緒に暮らしていたのは、18歳までだ。高校卒業後、上京してひとり暮らしをするようになって30年近く。自分は、自分を産んでくれた人の好きな食べ物さえ知らず、それを知らないことに気付いてもいなかった。
こっちの好きな食べ物は、子供の頃からさんざん、わがままなリクエストをしてきたくせに。
でも、今なら答えられる。
直接、ベスト3を聞いたわけじゃないけど、母の好きな食べ物を3つや4つはすぐに挙げられる。
ぼくが母を介護することになったからだ。毎日、ふたりで顔を突き合わせて、母の食べるものはみんなぼくが用意していたんだから、知っていて当たり前である。

今はそれを知ることができて良かったと、スーパーマーケットに並ぶリンゴをながめながら、しみじみ思う。もし介護を経験していなければ、一生、母親の好きな食べ物も知らないバカ息子のままで終わっていた。
介護について書こうと思う。きわめて私的な思い出、それもできれば幸せなことを綴ろうと思う。
次のページ
介護で見つかる幸福もある
