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「残堀」「恩方」「廿里町」…難読地名で読む東京多摩 

第3回 難読地名の不思議

実に東京都人口の3分の1、420万人が住む多摩地域。370万人の静岡県(日本第10位)よりも多い多摩は歴史の宝庫であった。江戸文化を中心に多方面に造詣の深い著者・中江克己が多摩の歴史や地名の由来を紹介する。

「残堀」と「恩方」

 多摩にも難読地名が多い。たとえば、武蔵村山市の「残堀」という地名。なんと読めばいいのか、一瞬迷ってしまうが、これはそのまま「ざんぼり」と読む。

(C)国土地理院/地理院タイル/標準地図

 もともとは三ツ村のうちの小字の一つだった。町名は、近くを流れる残堀川に由来するが、昭和56年(1981) 、新たな町が誕生したとき、小字が地名に採用された。

 残堀川の水源は、隣の瑞穂町にある狭山池。もっとも、この川は古くは蛇掘川と称した。あるとき、蛇喰治衛門が小さな蛇に食いつかれ、思わず逆に蛇を噛み切ったところ、大蛇に変身した。蛇堀川の名称は、この伝説から生じたのだという。

 大雨で川の水があふれ出し、岸を破壊しながら流れる様子が、大蛇が暴れている姿に見えたのかもしれない、と推測する人もいる。その後、いつしか残堀川に変わった。

(C)国土地理院/地理院タイル/標準地図

 八王子市にある「恩方」という地名も興味深い。上恩方、下恩方に別れているが、なんと読むのか。「恩方」は「おんがた」と読むが恩方の由来ははっきりしない。

 八王子から西へ陣馬街道(甲州裏街道)が伸びているが、古くは「案下道」と呼ばれていたように、恩方も「案下村」といわれていた。

 一説には、アイヌ語に由来するともいわれる。アイヌ語の「オム」(股、腿の意)から「奥まったところ」の意味で「オムカタ」といい、「恩方」の字を当てたのではないか、という。

 上恩方町の宮尾神社の境内に、広く愛唱されている「夕焼小焼の碑」があり、近くには「夕やけ小やけふれあいの里」を開設。ここには作詞者中村雨紅に関する資料などが展示されている。

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中江 克己

なかえ かつみ

北海道函館市生まれ。河出書房、思潮社などの編集者を経てノンフィクション作家。江戸を中心に、歴史の意外な側面に焦点を当てて、執筆をつづけている。



著書は『大江戸〈奇人変人〉かわら版』(新潮社)、『忠臣蔵と元禄時代』(中央公論新社)、『徳川将軍百話』(河出書房新社)、『日本史の中の女性逸話辞典』(東京堂出版)、など多数。ほかに染織文化にも造詣が深く、『色の名前で読み解く日本史』(青春出版社)、『歴史にみる日本の色』(PHP研究所)『江戸東京の地名散歩 歴史と風情を愉しむ』(ベスト新書)などの著書も多い。



 


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