【溝に落ちた、最古の哲学者タレス】天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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【溝に落ちた、最古の哲学者タレス】天才? 変人?あの哲学者はどんな「日常」を送ったのか。

哲学者が送った日常、生涯に迫る【タレス編】

無類のスポーツ好きタレスが最期を迎えた場所

 タレスはエジプトにも行ったことがあり、古代エジプトの神官や学者とも交流があった。ギリシアよりもさらに古い歴史を持つエジプト文明からも影響を受けていたのかもしれない。

 彼はエジプトでも「世界初」の業績を残している。自分の影が自分の背丈と同じ長さになる時間を見つけて、その時間に見えるピラミッドの影の長さを測り、ピラミッドの高さを割り出したのである。

 哲学者といえば「人はどう生きるべきか」というような問題を考えているようなイメージがあるかもしれないが、タレスはこのように現代で言うところの自然科学者のイメージに近い人物であった。

 彼が残した個々の功績以上に大きいのは、世界に唯一の「根源」があると想定したこと、そして自然界の秩序を発見したことである。
 それまでの人間たちは、神話的な世界観から自然を理解していた。たとえば、日食には「神の死と再生」のような意味があったり、地震や洪水は神の怒りによるものと考えられていた。
 だが、タレスは自然科学的な観点から自然を観察して、太陽や月、星の運行から日食の日時を計算して割り出したり、四季の移り変わりから気候を予測したのである。

 神々は人間から見えない。自然が神話的な説明に基づいているのであれば、いつ何時、どのようなことが起きるかも予測できない。すると、世界は不条理に満ちていて、人間はただ神々の怒りに触れないように生きていくしかなくなるだろう。
 だが、神話的な説明とは別に法則や秩序が存在しているのであれば、それに基づいて計算し、物事を合理的観点から予測できるようになる。そして、もしその秩序のおおもととなる究極の根源を見出すことができれば、世界のありとあらゆる事象を知ることができるようになるだろう。
 古代ギリシア以後の西洋哲学は、基本的にはこういった合理的な発想に基づいて発展してきた。現代の科学にまで連なる合理的な思考に基づいた探究を最初に行ったのがタレスなのである。

 一方で、タレスはオリーブが豊作になりそうだと予想すると搾油機を買い占めて莫大な利益を挙げたりするような投資の才覚まで持ちあわせていた。気候の変化を推測して事前に投資し、利潤を得るという行為からは、経済学的な合理性さえも備えていたとも考えられる。

 

 それほどまでに合理的な人間であるタレスが頑なに拒むのだから、あるいは結婚という行為は人間にとって合理的なものではないのかもしれない。
 俗世間の物事に関心がない人物であるようにも思えるタレスであるが、彼のものとされている手紙からは、実際にはかなり行動力があり、いろいろな土地を旅行してたくさんの見知らぬ人と会い議論を交わすことが好きだった様子がうかがえる。

 また、古代オリンピックを生み出した他のギリシア人と同じように無類のスポーツ好きだったようだ。
 彼の最期は、炎天下の中で体育競技の観戦をしていた時である。暑さと乾き、そして78歳とも90歳とも言われる老年による衰弱のため亡くなったそうである。

 西洋文明が誕生する時代に地上から遥か天上の星々を眺め続けたタレスであったが、天に召された彼の目に地上で繰り広げられた人類の歴史はどのように映ったのだろうか。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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