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第82回:夢にまで見たコワーキングスペース

<第82回>

8月×日

【夢にまで見たコワーキングスペース】

 

去年の夏はただ「平成ノブシコブシって、おもしろーい」などとメッシュ入れている田舎の女子高生みたいなことを言って過ごすだけのダラダラとしたものだったのに、今年の夏はなにをどう間違ったのかなかなかに忙しいものとなっている。まあ、神様が「フジテレビばっかり観てないで、少しは働け」と罰をお与えになったのだと理解し、どうせ来年の夏にはまた「ピースの綾部って、おもしろーい」などと言っているダラダラとした夏が戻っているに違いないと自分に言い聞かせつつ、粛々とPCに立ち向かう日々を過ごしている。

そんな折、作業場のWi-Fi接続環境が突然に悪くなった。

完全に検索依存体質となっている自分にとって、Wi-Fiが使えなくなるというのは、恐怖に他ならない。仕事ができなくなる上に、仕事から現実逃避を図るために「まとめNAVER」などのサイトを閲覧することもかなわなくなってしまうのだ。

すみやかにパニックに陥り、作業場が僕の「検索、検索、検索…」と呪詛めいた文言に染まる。映画「インサイド・ヘッド」は頭の中から「カナシミ」がいなくなってしまう物語であったが、いま僕の頭の中には「ケンサク」しか、いない。

困った。どうしよう。

すると、一筋の光ともいうべきワードが、頭によぎった。

「コワーキングスペース」

そういえば、近所にたしか、最近新しく出来たコワーキングスペースがあったはずだ。

あそこであれば、きっとWi-Fi環境も充実、スムーズに仕事を進めることができるはずだろう。

僕は狙いを定め、PCを抱えて、さっそくそのコワーキングスペースを目指した。

そのコワーキングスペースに向かう道すがら、僕は完全に調子をコイていた。

「ついに自分も、コワーキングスペースなるものを使用する身分となったか…」

コワーキングスペースという響きに、なんだかわからないが、非常に「できるビジネスマン」的なものが纏っている。

「ワーキング」の部分にまつわる、ラテのタンブラーを片手に今日の株価をチェックしている感じ。

「スペース」の部分にまつわる、ホワイトボードを前にスマートな経営戦略を打ち出している感じ。

「コ」の部分にまつわる、意味はわからないけどなんだかかっこいい感じ。

ああ!コワーキングスペース!

そうか、僕に足りないものは、コワーキングスペースだったんだ!

キーを叩けばなぜか「女性のあいだでおっぱいを丸出しにするファッションが流行ればいいのに」とか「ヌーディストビーチが近所にあればいいのに」といった下品なコラムばかり書いてしまう自分であるが、これはきっと今まで小汚い作業場でしか仕事をしていなかったからであり、コワーキングスペースで仕事をすればきっと、佐藤可士和みたいな自分が現れるに違いない!

確信に震え、口笛を吹きながら、その近所のコワーキングスペースの玄関を開ける。

「こんにちは、新しい世代のノマドが、いまやって来ましたよ」

きっと、このコワーキングスペースの中では、たくさんのノマド仲間たちが無言でキーを叩いているのだろう。それは、新たな時代を切り開く音。僕もそこに混じり、カフェラテなどを飲むなどしながら互いに背中で無言のエールを送り合い、それ以外の干渉はせず、しかし時にはその仲間たちと休憩時間に「こんどパターゴルフでもいきましょう」などとひとときの談笑を楽しみ、そして舞うようにまた仕事へと戻るのである。

期待に胸を膨らませ、受付で利用登録を済ませた。

違う。

思っていた感じと、全然、違う。

そこは、自分が想像していたようなコワーキングスペースとは、全く異なる世界であった。

まず、人が、いない。自分以外、利用客が誰一人、いない。

なかなかに広いスペース内は静まりかえっており、「四十九日か」みたいな雰囲気である。

そして、スマートさが、全然、ない。壁という壁に、なんだかよくわからないアニメのポスターが所せましと飾られていて、そこに躍る「妹」や「猫耳」といった文字が、スマートのつけ入る隙間を完全にブロックしている。

奥にこのスペースを管理するスタッフたちのたまり場があるのだが、こちらのスマートでなさも目を疑うもので、スタッフたちは全員、根元が黒い茶髪を展開、ヒマなのかずっとPC画面のソリティアに熱中しており、初音ミク的な音楽を大音量で小さなスピーカーから流している。

おかしい。どこにあるんだ、ホワイトボード。どこにいるんだ、パターゴルフ仲間。

どうやらこのコワーキングスペースは、もともと銀行であった建物を居抜きとしてリノベーションしたものらしい。

入り口付近でうろたえていると、そこのスタッフに、「よかったらVIPルームをお使いください」と声をかけられた。一瞬たいした気が復活したのだが、案内されたそのVIPルームは元々銀行の金庫部屋だったところを改装したもので、というか全然改装できていない部屋で、大きな鉄格子の中に机と電源だけが置かれているという、もう座っただけで囚人気分が味わえる殺伐とした空間であった。

その鉄格子の部屋で、まるで懲役日誌でも書くような気分で原稿を打ち込んでいると、なんか変に緑色の髪の毛をした女性スタッフが登場、「よろしければこちらをどうぞ」とホットコーヒーを運んできてくれた。おお、やっと思い描いていたコワーキングスペース感の登場だ!

そのホットコーヒーは、おもいっきり、ごま油のようなものが浮いていた。

もはやこれ、コワーキングスペースとかそういうのではなく、大仕掛けの嫌がらせなのでは…と引きまくりはじめた頃、さきほど受付にいたなんか変にオレンジ色の髪の毛をした若い男性スタッフが部屋をノック、「よろしければご挨拶を…」と名刺を差し出してきた。その名刺には、ネコを無理やり擬人化させた二次元キャラクターが「よろしくニャン☆」などと戯言を吹いている様が、描かれていた。

なんだ、ここは。いったい、なんなんだ。

だんだんと混乱に襲われる。しかしWi-Fiの接続環境だけは鬼のように良好なので仕事を進めていると、またしても部屋をノックする音がして、変に髪の毛の色が銀色の小太り中年が登場、「ここの代表でございます、よろしければご挨拶を…」と名刺を差し出してきた。

このコワーキングスペース、すげえ干渉してくる!

こうして僕は、何度も何度もスタッフたちに話しかけられ、そのたびにそれに応対、後半は「え?どこに住んでいるの?」などとため口で話しかけられ、それでもなんとか耐えながらその鉄格子の部屋で静かに「土下座すれば誰もがおっぱいを見せてくれる、そんな未来がくればいいのに」といったテーマのコラムを、スマートに書いたのである。

これが、この夏の、僕の一番の思い出だ。

早く、惰性まみれの日々に戻りたい。

 

 

*本連載は、隔週水曜日に更新予定です。お楽しみに!

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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