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やはり受容は難しい。でもギフトもあった。医師が“血液のがん”にかかって分かったこと

第7回 最強の地域医療

もしも医師が「がん」になったら、医師は落ち着いていられるのか――? 夕張をはじめとして地域医療の最前線に立ち続けてきた村上智彦医師は、2015年12月に“血液のがん”急性白血病を発症、154日間の闘病生活と再発を経て、2017年2月にようやく退院に至った。村上医師が患者になった体験をつづった『最強の地域医療』(ベスト新書)から、「死」との向き合い方を紹介する。

死を受容することの難しさ

 

 日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなっています。

 つまりがんになる確率は50%とそんなに稀なことではありません。身近なことで、身内も含めて考えたほうが良いですし、人間の死亡率は100%ですからすべての人に死を考える機会がやってきます。

 しかし80 %以上の方が病院で亡くなり、また宗教観が薄い日本では、死ぬことを考えたり、死生観を持つといった機会が少ないので、自分に降りかかった時に慌てて考えることになってしまいます。

 私自身は何度か自分が死ぬことをイメージしたり考えたりしたことはありますが、50代という年齢での発症は想定外でした。

 教科書的には緩和医療という分野で「死の受容」という言葉があります。

死の受容のプロセス(キューブラー=ロス)

第1段階 否認  大きな衝撃を受け否定する

第2段階 怒り  怒りを周囲に向ける

第3段階 取引  延命への取引、神頼み

第4段階 抑うつ 運命に対する無力さを感じ失望

第5段階 受容  部分的悲観と並行し受容していく

         安らかな死を迎える

 このプロセスには外国の宗教観が大きく影響している気がしますし、正直自分自身も含めて、このような経過をたどる人をほとんど見たことがありません。

 病院では受容する前に亡くなったり、仕方なく諦めて静かに亡くなったり、自分では何も分からないまま亡くなったり、最期まで落ち込んで後悔しながら亡くなっていく方のほうが多かった印象があります。

 受容と言えるかどうかは分かりませんが、私は在宅医療に関わるようになって、初めて安らかに、静かに亡くなっていく方を見送る経験をしました。

 特に日本の病院は少なくとも「死に場所」として想定して作ったわけではありません。あくまでも「病気と戦うために検査と治療を行う場所」であって、そんな中では未だに死は敗北でしかありません。

 この辺は平均寿命を超えた高齢者と若い世代では随分違うように思えます。

 入院中に何人かの若い世代の方と死生観について話をしましたが、「白血病」という病気を告知されて、苦労や葛藤をしている方たちなので、一般社会の人よりは死を意識したり、何らかの目標を持ったり、死生観を持っている方が多いといった印象があります。

 やはり「機会がないと嫌なことは考えないで蓋をする」というのが人の性なのかもしれません。

 私も仕事としては本人やご家族、社会的背景等をあれこれ考えて、毎回とても悩んで告知をしてきましたが、自分が告知される立場になると全く別で、未だに死の受容などしていません。

 がんになって唯一良かったことは、自分が思っている以上に心配したり応援してくれる人が沢山いて、限られた時間でもやるべきことがあると気がついたことです。

 私の盟友である西村元一医師はこれを「キャンサー・ギフト:Cancer gift」と表現していました。

 選択肢が多すぎると人は迷って無駄な時間を過ごしてしまうが、選択肢が限られるとやるべきことや時間がはっきり分かると彼が言っていた意味が、今の私にはとても理解できます。

(『最強の地域医療』より構成)

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村上 智彦

むらかみ ともひこ

1961年、北海道生まれ。医師。北海道薬科大学卒業。薬剤師免許取得、臨床検査技師免許取得、北海道薬科大学大学院薬学研究科修士課程修了。金沢医科大学医学部卒業。2006年から財政破綻した夕張市の医療再生に取り組む。専門分野は地域医療、予防医学、地域包括ケア。2009年、若月賞受賞。2012年、8月にささえる医療クリニック開設。2013年、4月に医療法人ささえる医療研究所「ささえるクリニック」を立ち上げ、理事長として岩見沢・栗山・ゆに・旭川周辺をささえている。2015年12月に急性白血病を発症、再発を経て2017年2月に退院。著書に『医療にたかるな』(新潮新書)、最新刊に『最強の地域医療』(ベスト新書)がある。


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  • 2017.04.08