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第81回:正しいさしいれ 

<第81回>

7月×日

【正しいさしいれ】

 

仕事で大阪へ。

関西在住のよしもとの芸人さんがひとり芝居の舞台を打つことになり、脚本を担当した。今日はその舞台の最終稽古を見学、演出をしに大阪へと向かう。

東京駅に到着、さて新幹線に乗るかという段で、ふとした考えが頭をよぎった。

これは、さしいれとか持っていかないとダメなパターンのやつじゃないか。

その芸人さん以外、稽古場にいるスタッフさんたちは初対面の人たちばかり。しかも僕は単身東京からの参加者。大人として、さしいれを持参するのは常識である。友だちが家に泊まりにきたら、ベッドは相手に渡して自分はフローリングで寝る、そして豆電球を点ける、と同じくらい常識なのである。

なにをさしいれとして買っていこうか。ここは東京駅。ありとあらゆる土産の品が売っている。適当に芋羊羹でも買っていくかと思ったが、ここで考えはあらぬ方向へと走り出した。

相手は、大阪である。生半可なものをさしいれとして持っていった場合、どうなるのか。

「なんや、芋羊羹か」

「東京の甘いもんなんか、よう食われへん」

「芋がわざわざ芋を差し入れでっか、ご陽気でんな」

いったい、いつの時代背景の大阪なんだという声もあるかもしれないが、その時の僕の脳裏に浮かんだのは、大阪のスタッフさんからさしいれセンスを弾糾される己の姿であった。

これは、まずい。慎重に、さしいれを選ばなければ。

次に僕は、マカロンを買ったらいいんじゃないかと思案した。プリティなスイーツ。誰も傷つけない、素敵なさしいれなのではないか。

しかし。

「ふん、ずいぶんとハイカラなものを持ってきはったな」

「東京の人は普段からこないけったいなモンをお食べになるんやなあ」

「大阪の人間はバッテラしか食わんだろうから、マカロンの味でも教えてやろう。そんなお考えなんやろ?」

「こんなもん、わしらの口に合うわけないどす」

かなり間違った大阪弁だが、というか最後は完全に京都弁だったが、とにかくまたしても弾糾される己の姿が浮かんだ。ダメだ、マカロンも、ダメだ。

では、奇をてらって、あえてタコヤキをさしいれするのはどうだろうか。

「ほほう、大阪名物タコヤキを、東京の人がお持ちになったんか」

「これはあれか?大阪のタコヤキより、東京のタコヤキのほうが上手いという、売り言葉なんか?」

「あえてタコヤキを東京から持ってくることで、あんたは笑いを生もうとしたのかもしれへん。でもな、大阪の笑いをなめてたら、明日道頓堀に沈んでまっせ」

「わしに関してはサーカスで育ったさかい。それはもう、泥を飲むような生活やった。せやから、食べ物で冗談を言うやつが、一番許されへんのや」

またしても空想上でしかない大阪弁が展開されたが、そして最後にとても不憫な生い立ちの人まで登場したが、もう僕はなにをさしいれに持っていったらいいのか分からなくなり、ぶるぶると脚が震えだした。

こうなったら、グーグルに頼るしかない。

正しいさしいれ」で検索。

するとグルメショッピングサイトが現れ、そこに「この夏のさしいれにぴったりのお菓子!」という特集がおどっていた。

そのサイトによると、夏のちょっとしたさしいれに喜ばれるのは、葛餅だという。

ええい、ままよ。一か八かだ。僕は和菓子コーナーにて勢いだけで葛餅を購入、それを新幹線内にて携え、大阪の稽古場へと向かった。

おそるおそる稽古場のドアを開ける。

すでにリハーサルが始まっていた。

小さく挨拶をしながら、演出席へと座る。

稽古がいったん休憩となったところで、タイミングを見計らい、

「あの、これ、東京からみなさんにさしいれを…」

と葛餅の箱を差し出した。

さあ、どうなる、僕と葛餅の運命。明日は道頓堀の底で朝を迎えるのか。

しかし、そこには予想とは違う景色が広がった。

「わあ、嬉しいな。葛餅だ」

「すいません、いただきまーす」

「夏はこういうお菓子、嬉しいですよね~」

喜んでいる。みんな、喜んでくれている。

そして、思っていた大阪弁の感じを、みんな明らかに下回っている。

なんだ、僕の取り越し苦労ではないか。みんな、とても優しいではないか。みんな、マイルドな口調ではないか。誰も、サーカス小屋出身者はいないではないか。

ホッと胸を撫で下ろした。

新幹線でドキドキしていた自分が、バカみたいである。

「おつかれさまでした!」

清々しい気持ちで稽古を終え、宿泊する旅館へと帰る。あとは明日の本番を乗り越えれば、それでおしまいだ。

その刹那、新たな不安が頭をよぎった。

あれ?葛餅って、生菓子だよね?

生菓子って、東京から大阪までの何時間もの移動の間、特に保冷剤とか入れなくても、大丈夫なんだっけ?

そこからまた僕はぶるぶると震え、とにかく食中毒とかで明日の本番が中止になりませんようにと布団の中で祈り、そして迎えた本番は特に腹痛を訴える者もおらず無事終了、それでも打ち上げの席などで突然の激しい嘔吐・発熱・黄疸などに十分な警戒を払いつつ、そのまま逃げるようにして大阪を立ち去り、もし今後関係者の間で遅れて食中毒などの症状が見られた場合、当社は一切の責任を負わないものとしますあしからず。

 

 

*本連載は、隔週水曜日に更新予定です。お楽しみに!

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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