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第79回:「落し物」

<第79回>

6月×日

【落し物】

 

デジタルカメラを失くしてしまった。

失くしたことに気がついた時には、いったいどこで失くしたのかもさっぱり記憶になく、ああ、SDカードに記録された「エロい形をした野菜の写真」や「なぎら健壱の顔にそっくりの石の写真」、それから「正月に家族で集合写真を撮った際に全員が半目になっている奇跡の一枚」などなど、私のお宝データたちよ、さようなら…などと意気消沈した。

それからしばらくは、とにかく前を向いて歩いていこう、素晴らしい景色は心のフィルムに焼けばいいのだから、などとZARDみたいなエールを自らに送り、カメラのことは諦めようと努めた。しかし、時間が経つにつれておぼろげな記憶が戻り始め、「そういえば、こないだ池袋でお酒を飲んだ帰りに落としたのかも…」とヒントの尻尾を掴むまでに至った。

とりあえず警察に届け出ようと思い、どういった手続きが必要なのか調べるために、「落し物」でグーグル検索。

すると検索結果画面のトップに、警視庁が公式に開いている、取得物に関するサイトが現れた。

このサイトでは「落とした物」「落としたであろう日時」「落としたであろう場所」を入力すると、警視庁に届け出のあった落し物を絞り込みで検索できる。

こんなサイトがあるなんて、まったく知らなかった。

なんて便利なサービスなのだろうと思い、さっそく「デジタルカメラ」「6月」「豊島区」で絞り込み検索を行った。すると、この6月に豊島区で拾われたデジタルカメラの情報が、それぞれの色の特徴と共に、3件現れた。

「緑色のデジカメ」

「ピンクのデジカメ」

「銀色のデジカメ」

残念ながら僕のカメラは黒色である。僕は再び、意気消沈した。

しかし、落ち込んだ気持ちとは別に、妙な感情を覚えている自分もいた。

この6月に、豊島区でデジタルカメラを落とした人が、自分の他に、3人もいる。見ず知らずのその落とし主たちに対しての、不思議な親近感、そして連帯感。

さらに、ひとり寂しく路上に置き去りにされた僕のデジタルカメラ、彼にも他に3機の仲間がいることを知り、変な安心感すら湧きおこる。

そのサイトで検索を続けているうちに、この6月に都内の路上で「茶色の鳥」の落し物があったことも知ってしまった瞬間、僕の中で物語がめくられた。

●●●●●●●●●

豊島区の路上で、雨に打たれる、僕の黒いデジカメ。

「うう、このままじゃ、錆びちまうよう。回路もダメになっちまうよう…」

すると、そんな黒いデジカメに、話しかける者があった。

「あんたも、ひとりなのかい…?」

それは、緑色のデジカメであった。

こくり、と黒いデジカメが小さく頷くと、緑色のデジカメは「ついてきな」とだけ告げた。黒いデジカメが慌ててそのあとを追うと、路地の暗がり、そこに「落とされたデジカメのテント村」があった。

「あんたたち。新入りだよ、挨拶しな」

緑色のデジカメが、テントの中の面々にぶっきらぼうに声をかけた。

「やあ!オイラはピンクのデジカメさ。キミも落とされたのかい?」

「あたいは銀色のデジカメだよ。みんな、ここで落とし主が現れるのを待ってるってわけ」

黒いデジカメは、突然胸に押し寄せた安堵感から、目に涙をいっぱいにためて、自己紹介をした。

「ぼ、僕、黒いデジカメです…。つい先日、落とされてしまって…」

そこでこらえていたものが一気に決壊し、黒いデジカメはわんわんと泣きだしてしまった。

「おやおや、かわいそうに」

「大丈夫だよ。ほら、温かいスープをお飲み」

落し物仲間のデジカメたちは優しく、黒いデジカメを迎えてくれた。すると突然、頭上にバサバサっと羽音が鳴った。見上げた黒いデジカメはぎょっとした。そこには、茶色い鳥がいたのだ。

「怖がらなくてもいいよ、こいつも落し物の仲間さ」と緑色のデジカメが言った。

「おやおや、新顔かい?」と茶色の鳥は黒いデジカメを一瞥するなり、つまらなさそうな表情を浮かべた。

「はい、僕、黒いデジカメです…。持ち主は、ワクサカという男でした」とドキドキしながら黒いデジカメは茶色の鳥に挨拶をした。

「ワクサカ…?」と茶色い鳥。

「ワクサカって、昼間は『相棒』の再放送ばっかり観て、だらだら過ごしている、あのワクサカか…?」

「あんた、こいつの落とし主を知ってるのかい?」と緑色のデジカメ。

「自分の落とし主を飛び回って探しているうちに、ああ、昼間っからブラブラしているダメな奴ってけっこういるんだなあ、なんて感じで顔と名前を覚えちまった人間もいるのさ。そうか、あんた、スウェット姿で平然とコンビニに行く、あのワクサカの…」

「はい!」黒いデジカメは、自分でも驚くくらい、大きな声で返事をしていた。

「よし、乗りな!オレがお前の落とし主のところまで、届けてやらあ!」

「ありがとうございます!」

こうして、黒いデジカメは、無事に落とし主の元へと運ばれることになった…。

●●●●●●●●●

そんなストーリーを夢想し、僕はまったく根拠がないにも関わらず、あのデジカメはいずれ自分の元へと帰ってくると確信した。

確信はしたけれど、それではなんの解決にもなっていないので、黒いデジカメの落し物に心当たりのある方、kkbest.books■gmail.com(■を@に変えて)までご連絡ください。

 

 

*本連載は、隔週水曜日に更新予定です。お楽しみに!

*本連載に関するご意見・ご要望は「kkbest.books■gmail.com」までお送りください(■を@に変えてください)

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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