入団して一年。シーズンの終わりの契約更改でクビを言い渡される。覚悟に勝る決断なし!野村元監督が人生の危機を振り返ります。

今できる限りのことをやってクビにならないと後悔する

 シーズンオフに球団から受けたクビ宣告を切り抜けた年の暮れ、我が故郷、京都府網野町(現・京丹後市)に久しぶりに帰りました。同級生が集まってくれてね、私がプロ野球選手であることに対して、みんなが「すごいなあ。うらやましいなあ」って言ってくれるんですよ。「野球を続けることができてよかった」とつくづく思いましたね。

 ところが2年目のシーズンを迎える前、2軍の監督からこんなことを言い渡されたんです。

「お前の肩では、1軍でキャッチャーを務めるのは無理だ。バッティングを活かすためにファーストに転向しろ」

写真/高橋亘

 入団して何年か我慢すれば、世代交代によって、自分にも出番が回ってくる可能性も高いですからね。それなのにキャッチャーから外されたうえ、よりによってファーストとは……。私としても、バッティングには多少の自信を持っていた反面、肩がやや弱いことを自覚していたのは確かです。ただ、元はといえば、入団テスト先を、数多くの球団の中から南海ホークスに絞り込んだのは、レギュラーのキャッチャーが30歳前後で、控えの層が手薄だということを知ったからです。

 というのも、当時の南海ホークスのファーストを守っていたのは飯田徳治さんでした。華麗な守備に定評があるだけではなく、不動の4番バッターとして活躍していました。のちに連続試合出場の日本記録(当時)を達成するような丈夫な選手でもあり、どう考えても、私が1軍でファーストのポジションを獲得することは現実的に難しい。

 せっかくクビがつながったというのに、クビになる確率がキャッチャーでいるよりも高まったというわけです。一難去ってまた一難ですよ。

「こうなったらもう肩を鍛えて強くし、キャッチャーとして認めてもらうしかない」

 そのとき私はそう心に決めました。ただ、テスト生上がりの2年目の選手が、2軍監督からの指示に逆らうことなどできません。そこで、2軍の試合や練習ではファーストのポジションにつきましたが、それ以外の時間すべてを、キャッチャーに復帰するための練習に充てることにしたんですよ。

 ボールの握り方や速い送球の仕方など基本的なことは当然として、肩を強化するために取り入れたのが筋力トレーニングでした。

 今では考えられないでしょうが、当時は「利き腕で重い物を持ってはいけない」という非科学的なことが信じられていた時代。筋力トレーニングをする選手なんて誰一人いませんでした。

 それでも、どん底にいる私にはそんなタブーを気にしている暇などなかったんですよ。

「肩を強くするためなら何だってしてやる。どうせクビになるなら、今できる限りのことをやってクビにならないと後悔する」

 苦難を乗り越えるには努力するしかない。

 プロ2年目は、そうした強い思いを常に持ちながら、新しいことへの挑戦を続けたシーズンでしたね。

明日の第十回の質問は、「Q10.キャッチャーに復帰するために、具体的にはどんな練習をしたんですか?」です。