4万部を突破し話題を呼ぶ日本ハムファイターズ・栗山英樹監督の新著『「最高のチーム」の作り方』。先日行われたその刊行記念イベントで、栗山監督とともに登壇した木田優夫日本ハムファイターズGM補佐はこう言った。
「栗山監督ほど(自分を捨てて)チームのこと、選手のことを考えている監督を知らない」。
 確かに取材をしていても「なぜそこまでして自分を押し殺すことができるのか」と思うことが多々ある。その心はどこにあるのか。チームを勝たせるために「監督」がどう在るべきか。そこには栗山監督が歴史上の人物から学んだ哲学があった。「最高のチーム」の作り方から抜粋する。

【リーダーに「私」はいらない】

 飛田穂洲(とびたすいしゅう)さんのお名前はご存じだろうか。
 日本の学生野球の発展に多大な貢献をされたことから、「学生野球の父」と呼ばれる人物で、有名な「一球入魂」という言葉は、飛田さんが野球に取り組む姿勢を表したものとされている。

 飛田さんが遺された言葉はほかにもたくさんあるが、特に印象深いひとつに「野球とは”無私道”なり」というものがある。

 無私道、つまり「私」をなくす。

 まさしくその通りで、監督をやっていて、ほんの少しでも自分のためにという打算があったら、途端に野球の神様の声は聞こえなくなる。
 それはずっと思い続けていることで、だからこそ『伝える。』にそれを書いた。

『指導者になるということは、自分のことはどうでもいいから、人のために尽くし切れるかどうかということなのだ。自分にとってプラスかマイナスか、そういった考えがほんの少しでも浮かぶようではいけない、と。
選手になにかを伝えようとするとき、その意図は正しく伝わっているのか、ということはやはり気になる。だが、それを言った自分はどう思われているのか、ということを考え始めては、間違った方向に行きかねない。 
良く思われていようが、悪く思われていようが、そんなことはどっちでもいい。大事なのは、相手のことを思って伝えるべきことを伝え、より正確に受け止めてもらうこと、その一点に尽きる。
そのためにも、そこには「自分」という意識は、いっさい持ち込まないほうがいい。監督という仕事はチームの勝利がすべて、選手がよくなったらそれがすべてなのだから。(2013年『伝える。』)』

 いかに「私」をなくして、野球に取り組むことができるか。そのテーマは少しの経験を積んだいまも、変わることはない。『「最高のチーム」の作り方』より抜粋)